『系図系譜学論究』第1巻第6号に論文が掲載されました

当研究所所長・木下祐也の論文「系図系譜学の理論体系構築のための試論(6)――用語論(3)――」が、学術雑誌『系図系譜学論究』第1巻第6号に掲載されました。

論文概要

用語の統一は、系図系譜学を学際的学問分野として確立するために不可欠の前提である。本稿は、文書の事実性に関する概念群の体系的整備を目的とし、従来の系図系譜研究ないし伝統的系譜学、歴史学・史料学・偽文書学における関連概念を網羅的に整理した上で、刑法上の文書関連概念との比較検討を経て、系図系譜学固有の用語体系を策定するものである。  伝統的系譜学等における文書の事実性に関する概念群を分析したところ、かかる概念群には、①分類体系の欠缺(特に意図的不実記載と非意図的不実記載との区別の不在)、②定義不在、③一般的語義と実質的語義の不一致、④本物の存在を前提とする「にせもの」概念の不当な転用、⑤同義語過多と感覚的混用、⑥語義過多、⑦刑法上の概念との不整合、という致命的瑕疵が認められる。これらの瑕疵は部分的な整理によっては治癒しえず、分類体系と使用語彙の抜本的変更が必要である。  そこで本稿は、従来の「偽文書」等の概念群を採用せず、刑法上の文書関連概念を基軸とした体系を独自に構築する。文書の定義については、刑法上の概念を応用し、意思・観念の表示・可視性・永続性の3要件を充足するものとした。事実でない記載の包括概念としては「不実記載」を採用し、その分類として、意図的類型(名義虚偽・内容虚偽・変造・模造・過大記載・過小記載・意図的脱漏)および非意図的類型(事実誤認記載・誤記・誤写・誤伝・解釈過誤・非意図的脱漏)を策定するとともに、混合性質文書の処理として不当接合・不実本姓の概念を設けた。また、伝統的系譜学において頻用されてきた「仮冒」「偽作」などの語については、系図系譜学での使用を禁止することとした。

論文情報

  • タイトル: 系図系譜学の理論体系構築のための試論(6)――用語論(3)――
  • 著者: 木下祐也
  • 掲載誌: 『系図系譜学論究』第1巻第6号
  • 発行: 家系研究協議会
  • DOI: https://doi.org/10.69352/keiron.1.6_1

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系図系譜学の理論体系構築のための試論(6)

――用語論(3)――

  木下 祐也

 

要  旨

 用語の統一は、系図系譜学を学際的学問分野として確立するために不可欠の前提である。本稿は、文書の事実性に関する概念群の体系的整備を目的とし、従来の系図系譜研究ないし伝統的系譜学、歴史学・史料学・偽文書学における関連概念を網羅的に整理した上で、刑法上の文書関連概念との比較検討を経て、系図系譜学固有の用語体系を策定するものである。

 伝統的系譜学等における文書の事実性に関する概念群を分析したところ、かかる概念群には、①分類体系の欠缺(特に意図的不実記載と非意図的不実記載との区別の不在)、②定義不在、③一般的語義と実質的語義の不一致、④本物の存在を前提とする「にせもの」概念の不当な転用、⑤同義語過多と感覚的混用、⑥語義過多、⑦刑法上の概念との不整合、という致命的瑕疵が認められる。これらの瑕疵は部分的な整理によっては治癒しえず、分類体系と使用語彙の抜本的変更が必要である。

 そこで本稿は、従来の「偽文書」等の概念群を採用せず、刑法上の文書関連概念を基軸とした体系を独自に構築する。文書の定義については、刑法上の概念を応用し、意思・観念の表示・可視性・永続性の3要件を充足するものとした。事実でない記載の包括概念としては「不実記載」を採用し、その分類として、意図的類型(名義虚偽・内容虚偽・変造・模造・過大記載・過小記載・意図的脱漏)および非意図的類型(事実誤認記載・誤記・誤写・誤伝・解釈過誤・非意図的脱漏)を策定するとともに、混合性質文書の処理として不当接合・不実本姓の概念を設けた。また、伝統的系譜学において頻用されてきた「仮冒」「偽作」などの語については、系図系譜学での使用を禁止することとした。

キーワード: 系図、系譜、系図系譜学、用語論、刑法、文書、不実記載、文書の事実性、偽文書、偽造、仮冒、内容虚偽、偽書、偽系図、不実本姓、偽作、潤色、架上

 

目  次

 

文書の事実性に関する概念群 3

ア 問題の所在 3

イ 先行研究及び刑法上の概念の整理と系図系譜学における採否 3

(ア)問題の所在 3

(イ)従来の系図系譜研究ないし伝統的系譜学に特有の概念の整理 3

(ウ)歴史学・史料学・偽文書学における文書の事実性に関する概念の整理 10

(エ)一般的な国語辞典における語義 13

(オ)刑法上の文書偽造等罪等における概念の類型 25

①文書偽造(権限なき他人名義使用) 26

②文書変造(真正成立文書の非本質的部分改変) 26

③虚偽文書作成(作成権限者による内容虚偽) 26

④不実記載(虚偽申立てによる不実記載) 27

⑤模造(紛らわしいものの作成) 27

⑥作為・不作為(積極的な行為の有無) 27

⑦錯誤 28

(カ)検討 28

(i)序 28

(ii)伝統的系譜学等における分類体系の欠缺 28

(iii)伝統的系譜学等における定義不在 29

(iv)伝統的系譜学等における一般的語義と実質的語義の不一致 30

(v)伝統的系譜学等における本物不在の「にせもの」概念 32

(vi)伝統的系譜学等における同義語過多と感覚的混用 33

(vii)語義過多 35

(viii)伝統的系譜学等の概念と刑法の概念との不整合 36

(ix)刑法概念の限界 36

(x)従来の文書の事実性に関する概念群の採否 36

(キ)結論 37

ウ 大分類の定義 37

(ア)「文書」の定義 37

(イ)事実が記載されていない文書の事実性に関する包括概念 38

(i)問題の所在 38

(ii)検討 38

(iii)結論 38

(ウ)事実が記載されている文書の事実性に関する包括概念 38

エ 不実記載概念の類型化 39

(ア)経験則上かつ論理的に観念しうる不実記載のパターン 39

(イ)意図的類型の用語 40

①名義虚偽 41

②内容虚偽 41

③変造 41

④模造 41

⑤過大記載 42

⑥過小記載 42

⑦意図的脱漏 42

(ウ)非意図的類型の用語 42

①事実誤認記載 42

②誤記 43

③誤写 43

④誤伝 43

⑤解釈過誤 43

⑥非意図的脱漏 43

(エ)混合性質文書の処理 43

(i)原則 43

(ii)不当接合 44

(iii)不実本姓 44

(オ)不実記載概念の分類体系表 44

オ 使用禁止語 45

(ア)序 45

(イ)「仮冒」 45

(i)問題の所在 45

(ii)事実 45

(iii)検討 46

(iv)結論 46

(ウ)「潤色」 46

(エ)不実記載文書の表現としての「作為」 46

(オ)「偽作」 47

(カ)不実記載文書の表現としての「創作」 47

(キ)「系図偽作」「偽系図」「贋系図」 47

(ク)不実記載文書の表現としての「修飾」 47

(ケ)不実記載文書の表現としての「架上」 48

 用語論は、執筆ないし研究の都合上、次第に追加されていくことにならざるをえない特質を有する下位分野であることから、書籍化した際の記載順と用語論(3)以降の発表順が異なる点には注意されたい。そのため、途中のセクションから始まるケースや、(1)しか掲載していないケース、別の下位分野を論じた後の号で用語論を論じるケースもありうる。

    1. 論文概要
    2. 論文情報
    3. 論文へのアクセス
  1. 文書の事実性に関する概念群
      1. ア 問題の所在
      2. イ 先行研究及び刑法上の概念の整理と系図系譜学における採否
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)従来の系図系譜研究ないし伝統的系譜学に特有の概念の整理
        3. (ウ)歴史学・史料学・偽文書学における文書の事実性に関する概念の整理
        4. (エ)一般的な国語辞典における語義
        5. (オ)刑法上の文書偽造等罪等における概念の類型
          1. ①文書偽造(権限なき他人名義使用)
          2. ②文書変造(真正成立文書の非本質的部分改変)
          3. ③虚偽文書作成(作成権限者による内容虚偽)
          4. ④不実記載(虚偽申立てによる不実記載)
          5. ⑤模造(紛らわしいものの作成)
          6. ⑥作為・不作為(積極的な行為の有無)
          7. ⑦錯誤
        6. (カ)検討
          1. (i)序
          2. (ii)伝統的系譜学等における分類体系の欠缺
          3. (iii)伝統的系譜学等における定義不在
          4. (iv)伝統的系譜学等における一般的語義と実質的語義の不一致
          5. (v)伝統的系譜学等における本物不在の「にせもの」概念
          6. (vi)伝統的系譜学等における同義語過多と感覚的混用
          7. (vii)語義過多
          8. (viii)伝統的系譜学等の概念と刑法の概念との不整合
          9. (ix)刑法概念の限界
          10. (x)従来の文書の事実性に関する概念群の採否
        7. (キ)結論
      3. ウ 大分類の定義
        1. (ア)「文書」の定義
        2. (イ)事実が記載されていない文書の事実性に関する包括概念
          1. (i)問題の所在
          2. (ii)検討
          3. (iii)結論
        3. (ウ)事実が記載されている文書の事実性に関する包括概念
      4. エ 不実記載概念の類型化
        1. (ア)経験則上かつ論理的に観念しうる不実記載のパターン
        2. (イ)意図的類型の用語
          1. ①名義虚偽
          2. ②内容虚偽
          3. ③変造
          4. ④模造
          5. ⑤過大記載
          6. ⑥過小記載
          7. ⑦意図的脱漏
        3. (ウ)非意図的類型の用語
          1. ①事実誤認記載
          2. ②誤記
          3. ③誤写
          4. ④誤伝
          5. ⑤解釈過誤
          6. ⑥非意図的脱漏
        4. (エ)混合性質文書の処理
          1. (i)原則
          2. (ii)不当接合
          3. (iii)不実本姓
        5. (オ)不実記載概念の分類体系表
      5. オ 使用禁止語
        1. (ア)序
        2. (イ)「仮冒」
          1. (i)問題の所在
          2. (ii)事実
          3. (iii)検討
          4. (iv)結論
        3. (ウ)「潤色」
        4. (エ)不実記載文書の表現としての「作為」
        5. (オ)「偽作」
        6. (カ)不実記載文書の表現としての「創作」
        7. (キ)「系図偽作」「偽系図」「贋系図」
        8. (ク)不実記載文書の表現としての「修飾」
        9. (ケ)不実記載文書の表現としての「架上」

文書の事実性に関する概念群

ア 問題の所在

 伝統的系譜学ないし従来の系図系譜研究においては、系図譜に事実でない歴代親族構成情報が記載されている場合を指す用語として、「系図偽作」「偽系図」「贋系図」等が用いられてきた。しかし、管見の限り、これらは相互に同義語としか思えないような語が多数存在し、各語が多義的であって、定義もなされていないようであり、字面から感得されるイメージないし一般的な国語辞典の語義とも必ずしも一致するものでもなく、感覚的に使用されてきたように思われる。

 学際的学問分野としての系図系譜学の確立のために用語の統一を図る必要があることから、ここでは、系図譜ひいては文書全般に関する概念について、従来の系図系譜研究ないし伝統的系譜学、それが手本とする歴史学・史料学・偽文書学における文書の事実性に関する概念群について整理して策定する必要がある。

 そこで、系図系譜学の文書の事実性に関する概念として、どのような用語を採用し、それぞれにどう定義づけるべきかが問題となる。

イ 先行研究及び刑法上の概念の整理と系図系譜学における採否

(ア)問題の所在

 まず、既存の学問における文書の事実性に関する概念群にどのようなものがあり、それを系図系譜学においても採用すべきかが問題となる。

(イ)従来の系図系譜研究ないし伝統的系譜学に特有の概念の整理

 系図系譜研究ないし伝統的系譜学においては、用語辞典が存在せず、同義語と思われる語群が多くあることから、実質的な同義語グループをまとめて整理した。その結果は、下表のとおりである。

 

実質的語義別対照表

実質的語義 該当する語(論者別) 用法
意図的不実記載系図譜全般 偽系図

偽造系図

贋系図

虚妄の系譜

系図の偽書説

「系譜は(中略)いくらでも恣意的な書き替え、造作がつきまとうという性質をもっている。実際にいつの時代にも偽系図はたくさん出廻り、古代でも、姓氏録の序文は提出された系図の誤りに驚いている。」

「後世創作された偽系図」

「系図の偽作 そもそも系図に対する不信感は、江戸時代にあまりにも多くの贋系図が作られたことに淵源があろうと思われる。」

「大量の偽系図・偽書を濫作したことで悪名高い沢田源内」

「偽造系譜と仮冒(付会)系譜は峻別されなければならない」

「荒誕無稽の贋系圖を僞作したもの」

「偽造古代系図」・「平田篤胤門の六人部是香や角田忠行(熱田神宮大宮司)にも系図偽作の嫌疑をいう者もいる。(中略)とくに偽作とは受け取れない(何が偽作なのか?)。六人部是香が仮に系図偽造したとしても」

「江戸時代に至つて僞系圖を作つて居るが、其の僞作の系圖は全く正史·古文書·古記錄と一致せず、架空の虚構である」

「多少なりとも作爲の混淆した理由は即ち此にあるので、世間ではこの種のものを示して一概に僞系圖といふ。とはいえそれにも色々の區別がある」

「官職を望むものの申告に基づく系図、はっきり言えば偽系図をもっともらしく作成したのではないか。」

「出自の仮冒・付会・系統替えは、(中略)明らかに仮冒系譜・付会系譜であり、太田亮氏の言葉をかりていえば、虚妄の系譜である」

「系図偽造論については、(中略)当該系図の偽書説を展開する」

「貧弱な史料を基礎として、いい加減なものを後世に残したものも勘くない。此等は僞系圖と云ふよりは寧ろ誤系圖と云ふ方がよい。」・「既存系圖の大部分は贋系圖か、誤系圖である」

意図的不実記載行為全般 系図偽作

系図偽造

偽造

「系図偽作をしたということにはならない」・「後世に作成された偽造系図(中略後世の製作)」

「系図偽作を行ったと考えるのはまず無理な話である(編纂に当たって、多少の誤りは考えられるとしても、偽作というほどのことはなかろう)。(中略)自説を強化するために系図偽造を行ったを行ったと考えるものだろうか。」

「系図の偽作 そもそも系図に対する不信感は、江戸時代にあまりにも多くの贋系図が作られたことに淵源」・「佐々木六角氏の嫡流とする系図を偽作して」・「彼らは偽造した系図によって、武士の末輩に参加した」

「江戸前期の偽系図作者としては、(中略)浅羽成儀や松下重長については明確な偽作の記録はない。」

「「系図の偽造」は、それが「精巧な偽造」であるのなら、判別はじつはたいへん難しい。だから、偽造した系図なら、だいたいすぐ判断できるはずである(それにもかかわらず、後世に偽造の「海部系図」を国宝指定にしている」

系図作為

造作

創作

操作

作為

捏造

「系譜というものは、つねにその時点での現実の必要に応じ、そのときの系譜意識にのっとって作り変えられ加上されていく。(中略)造作の跡を一つ一つ取り除かなければならない」

「後世創作された偽系図」・「自家の系譜を創作した」

「津軽氏の系図は、南部氏との対抗上で創作された」・「系図を創作する理由」・「創作され、系図中に挿入された架空の人物」

「系図位置を作為する」・「系図作為を施した」・「系図内容を操作した」

「藤原秀雄が経歴した官位などを秀郷の父祖にもってきた操作・加筆」

「系図作為の理由」・「義国が後継できなかったことは致し方ない事であると認識できるよう系図作為を施した。」

「後世の作為である」

「実際には作成の時点における集団構造や政治的関係の実情に合わせて系図は作成されるのであり、そのためには事実に反する仮構もありうるのである。異なる氏族を同族と記すことなどは、ありふれた作為であった。」

「同交替記を基礎に、これを見て利波臣氏の系図を後世に作為・造作した」・「時代に合う形の名前・官位・事績で系図を創作することは極めて無理であり(とくに無関係の傍系系図の適切な作成はまず困難。だから、一般に偽造系図には傍系があまり記載されない)」・「これらの偽造はまず考えられない(系図の偽作は意外に難しいし、偽作の場合に作者と目される鈴木真年にはその動機もなく、偽造疑惑は冤罪である。」・「「系図家」なる者が系図を新たに作成する、すなわち系図偽造を行う」・「「交替記」を基にして当該系図が造作できるとどうして言えるのだろうか。系図偽造と言うのなら、」

「故意に作為を加えて、先祖を著名な人物に結び付けた系図もある。人間は自身を卑下する立場をとる反面、自らを尊しとし、身分を尊貴に近付けようとする考えが無意識のうちに働くものである。系図はその意味で作為が加え易い。すでに多くの例でみてきたように、いかに仮冒系図が多いことか。」・「気儘な改竄と創作とを加えたものである」

「依頼に應じて諸家の家系を作爲したことは、(中略)偽作を以て渡世とする輩」

「なぜ『尊卑』は為義等の系図を作為するに至ったのだろうか。」

「捏造された系図」

「氏族系譜を後世の捏造であると」

「系図の捏造」

美化・誇張目的での不実記載 潤色

修飾

虚飾

家系修飾

粉飾

誇張

「祖先系譜が後世に造作架上された」

「戦国期に勢力を伸長した諸武家諸氏が祖系を名家出自に修飾、架上する例がかなり多い」・「自己家系を飾るために、著名な氏・家あるいは有名人に系図を架上させたりで、先祖の系図が変えられる」・「いわゆる「偽系図」ひいては偽文書は、(龍略)家系修飾(中略)などのため、ときには氏・家、一門の存亡をかけて産み出された」

「後に造作・潤色された系譜」・「族譜にそうした付会・誇張・潤色の多い理由は(中略)家系の優越さを誇示したいとする欲求の所産」

「偽系図作製の(中略)動機が自家の粉飾である」

「系譜仮冒や様々な虚飾が見られ」

「粉飾の多い中・近世系図よりも、」

「「副将軍」というのは後世の虚飾であろう」

「後世の潤色が加わっている」

「諸系図に記載される事績は、誇張・虚飾ないし誤記という内容も含みそう」

「家譜類の編纂などを機に系図が粉飾され、」

意図的な不実の出身氏族の記載 仮冒

系譜仮冒

系図仮冒

仮冒系図

加上

架上

附合

系統替え

牽強付会

通譜

「出自の仮冒・付会・系統替えは少しも珍しいことではなかった」

「石黒光弘より前はまったくの系譜仮冒であり(中略)石浦氏に系を接合させたにすぎない」

「系図は概して誇張や仮冒が多い。」

「熊谷氏の桓武平氏出自も系譜仮冒」

「系譜の仮冒(ないし誤記・誤伝)は古代・中世の系図には往々にして見られる」「書出し部分のあたりには系譜仮冒が見られる」

「忠義の後裔とするなど、出自を清和源氏に附合架上するのは、明かな系譜仮冒」

「王統譜の古い部分の父子直系は、後世の造作・加上によるもの」・「古い部分には全くの造作・加上があろう」

「系図にあるのは、公家の高階氏に系を架上した関係での偽作記事」

「系譜というものは、つねにその時点での現実の必要に応じ、そのときの系譜意識にのっとって作り変えられ加上されていく。」

「人々がより高い出自を求めて、自己の系譜の上に加上した神だというのだから」

「紀氏の系譜に架上された」・「各氏族の系譜を結合する際に創出・架上された」

「物部氏と穂積・采女氏に、さらに共通の始祖としてウマシマデが架上される」・「ツマチが物語・忍熊・釆女三氏の始祖とされた(イカガシコオの上に始祖が架上された)」

「古代の系譜は内容的にはその時々の現実的必要を反映して架上・再編されながら」

「系譜の組み替えや始祖の仮冒が行われるに至る」

「小鹿島文書の引用に牽強付会、事実誤認があり」・「譜草案の公経に関する記事は、牽強付会である」

「系図三は明らかに牽強付会であり」

「後に付会された伝説」・「族譜にそうした付会・誇張・潤色の多い理由は(中略)家系の優越さを誇示したいとする欲求の所産」

「著名な同姓人とは家系を異にするにも拘わらず通譜が行われ、」

意図的な不実の改変 改変

改竄

「系譜自体がいくらでも恣意的な改変、潤色を許す」・「族譜の改変事件」

「他の権威ある系図(『尊卑分脈』『寛永諸家系図伝』『寛政重修諸家譜』等)との整合性を求めて改作したり、また作成時点で不都合と判断した箇所を削除・改竄する」・「系図に数多くの改変を加えた」

「ここには原型改変が考えられ」

「後世の人々による改変や造作を多分に含む」

方法を特定した不実記載 混入

竄入

「「異本」は後代になって混入したものだとみる」・「実際に社家や神社、宮司家に伝来したものと後代に混入したものとを識別した」

「豊沢を藤成の子に竄入させたことに合わせた官位虚飾ではないか」

虚偽目的の編纂 偽撰偽編 「飯田武郷が偽撰して中田憲信が阿蘇家や知久家に送りつけた」

「1.「阿蘇家略系図」をめぐる諸問題—国家神道下での関係史料の偽作・偽編」

真偽不明・判定困難 疑系図 「偽系図と疑系図とははっきり区別すべきであって、疑系図は真偽の中間に位置して保留の意味あいの強いものである。それに対して偽(質)系図は明らかな故意をもって捏造したもの」
非意図的不実記載系図譜全般 誤系図 「貧弱な史料を基礎として、いい加減なものを後世に残したものも勘くない。此等は僞系圖と云ふよりは寧ろ誤系圖と云ふ方がよい。」・「既存系圖の大部分は贋系圖か、誤系圖である」
事実誤認 事実誤認 「このような事実誤認の記事は、井沢が伊左衛門の話を事実と考えたのか、それとも井沢による創作的なものが混入したのか」

「「由来」の記事は事実誤認である。」・「あまつさえ事実誤認をしている。」・「この記事もまた、「譜草案」の事実誤認である。」

転写の誤り、不実の伝承 誤記・誤伝 「偽造ないし仮冒ともいうべき個所や、転訛・誤記による問題点」・「転記転写のなかで誤記脱漏、系線引誤りの個所もかなり多く生じる」

「系譜の仮冒(ないし誤記・誤伝)」

「多少の誤記・訛伝をハナから排除するということでもない」

 

(ウ)歴史学・史料学・偽文書学における文書の事実性に関する概念の整理

 伝統的系譜学は、歴史学・史料学・偽文書学を手本にしていることから、それらにおける運用実態がどのようなものであるかについても検討する必要があるところ、歴史学等においても「偽文書」以外の文書の事実性に関する概念を掲載した用語辞典が存在せず、同義語と思われる語群が多くあるため、実質的な同義語グループをまとめて整理した。その結果は、下表のとおりである。

 分析対象は、際限なく用例分析をすることは現実的でなく、立証趣旨に鑑みても必要性が低いため、歴史学の方法論書としては90~100年前のものではあるが未だ最新のものと位置づけられる今井登志喜『歴史学研究法』東京大学出版会(1953年)及び野々村戒三『史学概論』早稲田大学出版部(1929年)、さらに偽文書学を論じた網野善彦『日本中世史料科学の課題』弘文堂(1996年)、久野俊彦・時枝務編『偽文書学入門』柏書房(2004年)、山本直孝・時枝務編『偽文書・由緒書の世界』岩田書院(2013年)、歴史学者による辞典項目として上島有「偽文書」国史大辞典編集委員会編『国史大辞典 第4巻』吉川弘文館(1983年)222頁の6書とした。

 なお、表の字数の都合上、ウで採用することになる「意図的」「非意図的」の区別と「不実記載文書」の語を先出しして用いていることに注意されたい。

 

実質的語義別対照表

実質的語義 該当する語 用法
不実記載文書全般 偽文書 「偽作された贋物の文書」

「偽作された贋物」

「なんらかの目的で偽作された文書」

「偽造された文書、虚偽を記載した文書」

「記載されている内容が真正のものではなく、ある時代と集団との状況に即して特定の目的のために偽作された文書」

偽書 「①現在失われて伝存しない書物の「真のテキスト」であると称したり、②原作者未詳の書物に作者名を付けた仮託書、および後代の者が古人の名を騙ることにより、「前代の書物」を装った書物、つまり作者や書名を偽造した書物を指す。また、制作者に偽作の意図があったか否かは要件とはみなさない。」
贋物 「偽文書とは、偽作された贋物の文書」

「偽文書は、それが偽作された贋物である」

「贋物家の老獪」「贋造物も現れる」

擬文書 「推定される実際の制作年次よりも遡った、より古い時代の文書に擬されている」
意図的不実記載行為全般 偽作 「この文書を偽作する」

「贋造や偽作の動機」・「誰が偽作したのか」

「偽作された贋物」・「偽作された時代」

「偽作された文書」

「偽作と判定された」

「偽作(贋造)」・「偽作の如く故意に捏造された」

「偽作的捏造のもの」

「近世の偽作ととらえ」

「後世の「偽作」」

「『宮下文献』には「明治以降にも偽作されたものがある。」

「偽作にかかるもの」

「正文として間違いない文書が、このように偽造されたものである(中略)偽文書(中略)この偽作文書」

偽造 「贋造若しくは偽造せんための竄入」

「わが国でも戦の感状などの種類が偽造されている」

「文書偽造」・「偽造された文書」・「送文偽造」

贋造 「偽作(贋造)」

「贋造若しくは偽造せんための竄入」・「贋造や偽作の動機」

捏造 「偽作者の頭の中で捏造された架空なものではなく」

「捏造あるいは古人に仮託して作成された」

作為 「作為の動機」

「作為の形跡」

「作為があるのではないか」

「史実と作為、実像と虚像を弁別する」

「作為の結果とみるには余りに不自然」

意図的な不実への改変 改竄 「かなり勝手な改竄をしたというふ」

「改竄された」

挿入 「挿入した文言」

「後から挿入された感がある」

「転写過程における挿入などの乱れ」

非意図的不実記載文書全般 (なし) (なし)
非意図的な転写・記載の誤り 誤写・

誤記

「各諸本に誤記・誤写あるいは漢字・仮名の書き換えなどによる文字の異同があり」・「矛盾、誤記、誤写が見られない」

 

(エ)一般的な国語辞典における語義

 (オ)(ii)で指摘するとおり、すべての用語の語義については、学術的定義がなく、日常語の語義が用いられているものと解さざるをえないことから、一般的な国語辞典における語義を確認したところ、その語義は下記のとおりである。なお、(ウ)のとおり(イ)の系図譜関係用語については掲載されている語がほとんどなかった。

 

語彙 語義 備考
改竄 文書の文字・語句を書き改めること。多く、自分の都合のよいように(あるいは悪用する目的で)勝手に書き換える場合に用いる。
加上 (国語辞典掲載なし) 掲載辞典数ゼロ
架上 棚の上。かけ渡したものの上。 掲載辞典数僅少
贋物 本物に似せて作ったにせもの。まがいもの。
贋造 本物に似せてにせものを作ること。また、その作ったもの。偽造。贋作。
偽文書 ① 偽造・変造した文書。

② 虚偽を記載した文書。

掲載辞典数僅少。

読みが「ぎぶんしょ」と「ぎもんじょ」の2通り。

偽作 ① 別人がその作者の作とみせかけて作ること。また、その作品。贋作。

② 人をだます目的で、ある作品に似せてつくること。

③ 著作権者の承諾なしに著作物を複製・発行すること。

偽造 ① 本物に似せてにせものを作ること。贋造。

② 本物として通用することを目ざして偽物を作ること。

偽系図 (国語辞典掲載なし) 掲載辞典数ゼロ
偽造系図 (国語辞典掲載なし)
虚文 内容の乏しい文章。表面だけ飾り立てた空疎な文章。 掲載辞典数僅少
偽書 本物に似せて書いた手紙・書物・文書。にせの書物・手紙・文書。
牽強付会 自分に都合のよいように、道理に合わないことを無理に理屈をこじつけること。また、そのさま。
誤記 誤って記すこと。書き誤り。
誤写 文章などを書き写す際に写し間違えること。
誤伝 誤って伝えること。また、誤って伝わること。誤った伝え・うわさ。
誤認 誤って別のものをそれと認めること。
作為 ① 何かに見せかけようとしてわざと手を加えること。つくりごと。こしらえごと。

② 積極的な行為・動作・挙動。(不作為の対概念)

錯誤 ① まちがい。あやまり。

② 事実と観念とが一致しないこと。

竄入 ① 逃げ込むこと。

② 誤って余計なものがまぎれ込むこと。

掲載辞典数僅少
造作 〔ぞうさ〕

①手間や費用がかかること。面倒。

②もてなし・ごちそう。

〔ぞうさく〕

① 家を建てること。建築。

② 建物内部の仕上げ材・取付物の総称。

③ 顔のつくり。目鼻立ち。

創作 ① はじめてつくりだすこと。

② 芸術作品を独創的につくること。また、その作品。

③ つくりごと。うそ。

挿入 物の中や間にさし入れること。さしこむこと。はさみ込み。
捏造 事実でないことを事実のようにこしらえること。でっちあげ。
撥入 (国語辞典掲載なし)
贋系図 (国語辞典掲載なし)
虚妄 ① 根拠も理由もないこと。

② 事実でないこと。うそいつわり。

系図偽作 (国語辞典掲載なし)
妄作 深い考えもなく思いつくままに文を書いたり物をつくったりすること。また、そのもの。本物でないもの。 掲載辞典数僅少
潤色 ① 表面をつくろい飾ること。

② 事実を誇張したり面白く作りかえること。

修飾 ① つくろいかざること。実際以上に見せようとして飾ること。

② ある語句が他の語句の意味を限定すること。

虚飾 内容が伴わないのに外見だけを飾ること。うわべの体裁。みえ。
粉飾 ① 紅・白粉で化粧すること。美しく装い飾ること。

② 実状を隠して見かけをよくすること。うわべをとりつくろうこと。

誇張 実際よりもおおげさに表現すること。
仮冒 ① 他人の名をかたること。偽称。

② 似せてだますこと。また、そのもの。

掲載辞典数僅少
偽系図 その家系を権威づけ,あるいは飾るために偽作された系図。
系統替え (国語辞典掲載なし)
改変 物事を改めて、もとと違ったものにすること。変改。
混入 あるものの中に他のものをまぜ入れること。また、まじり入ること。
偽撰 古人の著と見せかけた、いつわりの著作。文・書などをいつわって作ること。 掲載辞典数僅少
偽編 (国語辞典掲載なし)
疑系図 (国語辞典掲載なし)

 

(オ)刑法上の文書偽造等罪等における概念の類型

 (ア)(イ)で検討したとおり、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学・偽文書学における、事実でないことが記載された文書に関する用語は、同義語が多く乱用されているといえる。これに対し、事実でないことが記載された文書を取り扱う他の分野としては刑法(学)があり、罪刑法定主義を原則とする刑法ないし関連法では、事実でないことが記載された文書を厳格に整理・類型化した上で規定している。しかも、それらの保護法益は文書の信用性であることから、まさしく文書の事実性に関する概念の検討に適合する。また、法学では文書概念とは別のフェーズで「作為」や「錯誤」の概念が用いられている。

 そこで、ここでは、比較対照のため、刑法(明治40年法律第45号)ないし関連法上の文書概念と作為・錯誤の両概念について概説する。

 なお、文書偽造等罪等については、過失犯規定がないため、意図せず事実でない記載をするという行為類型は存在しないが、これは刑事政策上の理由によるものであり、非意図的行為類型の検討を懈怠したものでも、文書の分類として不要であるとの論拠となるものでもない。あくまで意図的に事実でない記載のある文書の分類の参考とするものである。

①文書偽造(権限なき他人名義使用)

 刑法を勉強したことのない者はしばしば勘違いしているが、文書偽造罪(刑法154条1項、155条1項・3項、159条1項・3項)における文書偽造とは、従前は「権限なく他人名義の文書を作成すること」、すなわち「作成名義を偽ること」(作成名義の冒用)と解されてきたが、近年は「意思・観念の表示主体(作成者)として文書上認識される者(作成名義人)によって文書上に意思・観念の表示がなされていない文書を作成し、文書の作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ること」すなわち「文書上に表示された意思・観念が、意思・観念の表示主体(作成者)として文書上認識される者(作成名義人)に帰属しない文書を作成し、以て文書の作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ることと解されている。

 例えば、Xが、Aから授権されていないのに文書に「A」と署名するケースである。

 そのような、作成名義を偽った文書を「偽造文書」という。

 なお、文書が偽造されたといえるためには、一般人に真正な文書(作成名義人が作成者である文書)であると思わせる外観の作出が必要であるから、いわゆるペンネームの類を署名する場合や小道具として架空のキャラクター名義の文書を作成するような場合は、偽造には当たらない。

②文書変造(真正成立文書の非本質的部分改変)

 刑法には文書変造罪(刑法154条2項、155条2項、159条2項)が定められているところ、変造とは、真正に成立した文書の本質的でない部分に変更を加えることをいい、そのうち作成名義人でない者によってなされる場合を有形変造、作成名義人によってなされる場合を無形変造という

 例えば、行政機関が発行した証明書や他人の日記・手紙の非本質的な部分を加除修正したりするようなケースである。

 なお、本質的な部分を改変した場合は、新たな文書を作成したのと同じであるから、偽造又は虚偽文書作成となる

③虚偽文書作成(作成権限者による内容虚偽)

 刑法には、虚偽公文書(刑法156条)や虚偽診断書など(刑法160条)というが、ここでは便宜上<虚偽文書>と総称する。その上で、虚偽文書作成とは、文書の作成権限を有する者が作成した内容虚偽の文書を作成することをいう

 例えば、市長Xには証明書の作成権限があるが、内容が虚偽である証明書を作成するようなケースである。

④不実記載(虚偽申立てによる不実記載)

 公正証書原本不実記載等罪(刑法157条)は、公務員に対して虚偽の申立てをすることによって、登記簿・戸籍簿その他の権利義務に関する公正証書の原本に対し不実の記載をさせる行為を処罰するものである。

 「不実」とは、単に客観的に真実又は真正でないこと、事実と相違することをいい、これに対し「虚偽」は、意識的に不真実ならしめる場合、すなわち真実でないことについて主観的認識がある場合に用いられるものであって、虚偽と認定するには主観的要件が満たされることが必要となる点で異なる

 そして、虚偽の申立て・不実の記載とは、申立て・記載が重要な点において客観的真実に反することをいい、不実の記載を「不実記載」という。

⑤模造(紛らわしいものの作成)

 通貨及証券模造取締法(明治28年法律第28号)及び外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律(明治38年法律第66号)では「模造」が規定されているところ、「模造」とは、紛らわしい外観を持つものを作ることをいう。

 どの程度であれば紛らわしい外観であるといえるかについて過去の裁判例を参考にすると、①表面が真券と同一寸法・同一図柄かつ同系色であれば、一色刷りで紙質が異なり裏面が個展案内であっても模造に当たるとされた赤瀬川事件、②表面が真券と同型・同図柄であれば、紙質が異なり「天の川銀行券」等の異質な記載や宣伝文句・写真が付されていても模造に当たるとされた天の川一万円札模造事件、③当時既に流通していない旧紙幣を対象としたサービス券であっても、表面が真券と同寸大・同図案・ほぼ同色であれば、「サービス券」の印字や裏面の広告記載があっても模造に当たるとされた百円札サービス券事件、④折り畳んだ状態においてのみ表面の模造部分が紛らわしく、開いた状態では真券には見えないものであっても模造に当たるとされた横綱銀行一万円札模造事件などがある。すなわち、総じて「紛らわしい外観」は、部分的・一面的な類似で足り、全面的な類似は不要と解されているが、いずれも真券すなわち本物が存在することを前提としていることに注意しなければならない。

⑥作為・不作為(積極的な行為の有無)

 刑法における「作為」は、「作為」そのものよりもその対概念である「不作為」ないし「不作為犯」として頻出する極めて重要な概念である。

 「作為」とは、特定の行為を行うこと(積極的挙動)をいい、「不作為」とは、特定の行為を行わないこと又は何もしないことをいう

 不作為犯とは、期待された行為をしないこと(=不作為)によって成立する犯罪類型をいい、作為犯とは、積極的な行為(=作為)により構成要件的結果を惹起することによって成立する犯罪類型をいう

 一般的な犯罪のイメージに該当するのが作為犯であり、不作為犯の例は、寝たきり老人を一人で介護してきた介護義務者が介護を中止して放置して死なせたことによる保護責任者遺棄致死罪あるいは不作為の殺人罪などである。

 つまり、文書偽造等罪は、確かに作為犯ではあるが、あくまで作為犯の一類型に過ぎず、殺人罪などを含むほとんどの犯罪が基本的には作為犯であるし、そもそも「作為」も「不作為」も刑法専用の概念ではなく法学一般で用いられる基本的な概念であるから、定義のないまま文書偽造等の意味に限定して「作為」の語を用いると法学徒との意思疎通が成立しない。

⑦錯誤

 「錯誤」とは、民法や刑法など法令によって定義や論点に差異があるものの、基本的には、人の認識したところとその認識の対象である事実が一致しないことをいうものと解される

(カ)検討
(i)序

 以上の伝統的系譜学等における文書の事実性に関する概念群は、用語論として過不足なく整理されているといえるか、ひいては系図系譜学の概念として採用しうるかを検討する。

 その検討をするに当たっては、①文書の事実性に関する概念について漏れなく網羅され体系化されているか、②用語が整理され定義の要件を満たしているか、③学際的に通用しうるような整理になっているか、の3つの観点から分析することとする。

(ii)伝統的系譜学等における分類体系の欠缺

 文書の事実性に関する概念は、①ある記載が客観的事実に合致しているか否かという記載内容の真実性による分類が、②事実が記載されていない文書について、作成者が意図したものか、作成者が意図しないものかという文書作成者の意図性による分類が、③意図的に事実でないことが記載された文書について、内容が虚偽なのか、作成名義を偽ったのか、両方を偽ったのか、文書上の作成日や外観上の作成時期と実際の作成時期とが大幅に異なるのかという虚偽性についての細分類が、それぞれ観念され、それらを軸として概念の分類体系も観念されるはずである。

 この点について、刑法上の概念群は、それぞれに固有の定義が立てられ、いずれに該当するか、つまり、どのような事実にどの概念が対応するかが明確である。

 ところが、伝統的系譜学等の文書の事実性に関する概念群は、「偽文書」や「偽系図」などの語によって総称されているところ、「偽文書」などの用語は、字義通りに解すれば、作成者が意図的に虚偽を記載した文書を指称することは明らかであり、意図せず事実でないこと記載された文書を「偽文書」などの用語で表現することには無理がある。

 また、内容が事実でない文書を作成したことについて作成者が意図的であったか、非意図的であったかは、研究上極めて重要な相違であることは明らかであるにもかかわらず、伝統的系譜学等においては、意図せず事実が記載されていない文書についても、総称は存在せず、「事実誤認」「誤写」「誤記」といった下位分類すら言及している論者自体が極めて少なく、定着もしておらず、多くの論者には意図性で文書を判別するという発想自体がないように見受けられる。そうだとすると、学界全体の慣行として、事実が記載されていない文書すべてについて、作成者が意図的に事実を記載しなかった文書であるものと一律にみなし、「偽文書」と判定しているおそれすらある。

 特に伝統的系譜学においては、事実と異なる歴代親族構成が記載された系図譜を「系図偽作」や「偽系図」、「系図仮冒」などと呼称してきたところ、事実と異なる歴代親族構成が記載された系図譜には、虚偽の歴代親族構成を記載した系図譜のみならず、事実誤認に基づく歴代親族構成を記載した系図譜や誤記も存在し、それらは作成者の主観上、捏造や偽造とは明確に異なるにもかかわらず、意図的な類型を指す語で一括して呼称することは、系図譜分析の精緻化を阻む有害な行為である。この点については、太田亮が「誤系図」に言及したが、全く定着しなかった。

 さらに、実質的には偽作、偽造、捏造、改竄、作為といった語が定義のないまま感覚的に選択されているようであり、文書上の作成日や外観上の作成時期と実際の作成時期とが大幅に異なる文書についても「後世の」という語によって「偽作」等の語が修飾されるだけであって専用の概念は存在しない。すなわち、意図せず事実でないこと記載された文書の虚偽性の各類型を指す用語が確立されていない。そして、そもそも、事実が記載されていない文書の対概念として、事実が記載されている文書を指す用語が存在しないことから、分類体系として必要な概念が欠けていることは明らかである。

 したがって、伝統的系譜学等においては、上記のような分類体系は、少なくとも基本的な分類軸のレベルで明示的には整備されていないといわざるを得ない。

(iii)伝統的系譜学等における定義不在

 (イ)及び(ウ)で整理したとおり、伝統的系譜学等における文書の事実性に関する概念群は、ほとんど定義されていない。

 歴史学における文書の事実性に関する最重要ないし代表的概念である「偽文書」すら、まともに定義できてない。というのは、『国史大辞典』及び『日本大百科全書(ニッポニカ)』の上島有による偽文書の定義は、①何らかの目的があること、②偽作されたこと、③文書であることという3要件に分解できるところ、そもそも「偽作」の語義について辞典としての統一性の観点から同辞典の語義を確認すると、『国史大辞典』には掲載されておらず、『日本大百科全書(ニッポニカ)』では「→贋作」と記載されている。では、「贋作」の語義は何かというと、『国史大辞典』にはなく、『日本大百科全書(ニッポニカ)』では「にせもの、偽作などともいう。」と定義されており、要するに循環定義に陥っている。

 「偽文書」以外の語については、学界において明示的な定義は定立されておらず、「偽文書」の語も「偽作」「贋物」「偽造」の語によって定義されているのであるから、実質的にはすべての語が学術的に定義されていないということになる。そうすると、これらの語義については、日常語の語義が用いられているものと解さざるをえないということになりそうである。

 なお、歴史学者の中には用語定義の欠缺について問題視する者もいるようである。しかし、小池淳一については用語に対する強い意識が看取されるものの、具体的な用語の体系的整理には到達していない。また、藤原明は、偽文書と偽書の区別がほとんど論じられてこなかったことを問題視し、「偽書」を定義しようとして、作成者の意図性を要件としない定義を試みたが、定義の仕方が稚拙であり、あまり意味のある定義になっていないし、偽文書との区別を結局示していない

 「偽系図」の語についても、「俗に「偽系図」という言い方があるが、その定義の仕方によっては殆どすべてが偽系図となりうる。」とか「一概に僞系圖といふ。とはいへそれにも色々の區別がある」などと指摘されており、論者によってはその字義解釈の広狭に幅がありうることは認識されているが、言語化はなされておらず、専ら各論者が字義から感得した語義で用いられてきたようである。

(iv)伝統的系譜学等における一般的語義と実質的語義の不一致

 (iii)で言及したとおり、学会において各概念の定義が確立されず、系図譜関係用語については、一般的国語辞典にもほとんどの用語が載っていない以上、文脈か字義から実質的語義を推測せざるをえず、各執筆者において、先行研究で見かけた用語について字面や文脈から語義を感得して使用しているものと推測される。そのように語義を感得する慣行の下では、個々人の言語感覚等に依存するところが大きいためか、字面ないし一般的な国語辞典の語義と実質的語義が一致しないケースも少なくない。

 例えば、「架上」は、一般的な国語辞典では「棚の上」という語義であるにもかかわらず、伝統的系譜学では、「実在しない先祖を系図譜の上部に付け加える行為」の意味で用いられているものと解される。これはおそらく誰かが「架上」という語をどこかで見かけたのが頭に残っていて、系図譜上の事実と異なる出身氏族と家祖との接続を目の当たりにしたときに「架空の先祖を家系図の上部に記載している」という状態と「架上」の語と結びつけたものと推察される。

 「仮冒」の語も、一般的な国語辞典における語義は「「他人の名をかたること。偽称」であるのに、伝統的系譜学では、「系図譜上において、事実とは異なる出身氏族などを先祖としてその歴代親族構成情報と当家家祖とを接続して記載する」というような意味で用いられている(オ(ア)で詳述)。

 「創作」・「造作」についても、一般的な国語辞典における語義は「作品」あるいは「人の行為」であるのに、伝統的系譜学等では、「意図的な虚偽ないし架空の記載」の意味で用いられている。

 それらの例をまとめると次の表のようになる。

 

一般的語義と実質的語義の乖離一覧

語彙 乖離の内容
偽文書 一般的な国語辞典の語義は、「偽造・変造した文書」または「虚偽を記載した文書」であるのに対し、歴史学等における実質的語義は、「偽作された贋物の文書」のみならず不実の記載がある文書全般まで広く包含しているようである。
偽書 一般的な国語辞典の語義は、「本物に似せて書いた手紙・書物・文書」であるのに対し、伝統的系譜学・歴史学における実質的語義は、「作者や書名を偽造した書物」から偽文書と同義まで幅がある。
偽作 一般的な国語辞典の語義は、「別人がその作者の作とみせかけて作ること」であるのに対し、伝統的系譜学・歴史学における実質的語義は、「作成名義の偽り」「虚偽記載」「改竄」「捏造」「誇張」等が渾然一体とされている。
偽造・贋造 一般的な国語辞典の語義は、「本物に似せてにせものを作ること」すなわち本物の存在を前提とするものであるのに対し、伝統的系譜学等における実質的語義は、「作成名義の偽り」「虚偽記載」「改竄」「捏造」「誇張」等が渾然一体とされている。
贋物 一般的な国語辞典の語義は、「本物に似せて作ったにせもの」すなわち本物の存在を前提とするものであるのに対し、伝統的系譜学等における実質的語義は、作成名義の偽り・虚偽記載・改竄・捏造などされた文書である。
作為 一般的な国語辞典の語義は、「何かに見せかけようとしてわざと手を加えること」および「積極的な行為・挙動(法律用語。不作為の対概念)」であるのに対し、伝統的系譜学等における実質的語義は、虚偽記載・改竄・捏造である。
創作 一般的な国語辞典の語義は、「はじめてつくりだすこと」「芸術作品を独創的につくること」であるのに対し、伝統的系譜学における実質的語義は、架空の歴代親族構成情報の記載などの意図的な虚偽記載である。
造作 一般的な国語辞典の語義は、「(ぞうさ)手間や費用がかかること。面倒。」「(ぞうさく)家を建てること。建物内部の仕上げ材・取付物の総称。顔のつくり。」であるのに対し、伝統的系譜学における実質的語義は、意図的な虚偽記載や改竄である。
仮冒 一般的な国語辞典の語義は、「他人の名をかたること。偽称。」という偽称行為であるのに対し、伝統的系譜学における実質的語義は、「系図譜上において事実とは異なる出身氏族を先祖としてその歴代親族構成情報と当家家祖とを接続して記載すること」という不実の系図譜の作成行為である。
牽強付会 一般的な国語辞典の語義は、「自分に都合のよいように、道理に合わないことを無理に理屈をこじつけること。」つまり道理のこじつけ・屁理屈であるのに対して、伝統的系譜学における実質的語義は、「系図譜上において事実とは異なる出身氏族を先祖としてその歴代親族構成情報と当家家祖とを接続して記載すること」すなわち先祖でない氏族を先祖と記載する行為である。
架上 一般的な国語辞典の語義は、「棚の上」であるのに対し、伝統的系譜学における実質的語義は、「事実とは異なる先祖を縦書き系図の上部に記載する行為」である。
潤色 一般的な国語辞典の語義は、「表面をつくろい飾ること。事実を誇張したり面白く作りかえること。」という誇張・美化といえる程度の虚偽記載を指すものであるのに対し、伝統的系譜学における実質的語義は、事績の誇張・美化のみならず「系図譜上において事実とは異なる出身氏族を先祖としてその歴代親族構成情報と当家家祖とを接続して記載すること」を含む虚偽記載をいう。
誇張 一般的な国語辞典の語義は、「実際よりもおおげさに表現すること。」であるのに対し、伝統的系譜学における実質的語義は、事績の過大記載のみならず「系図譜上において事実とは異なる出身氏族を先祖としてその歴代親族構成情報と当家家祖とを接続して記載すること」を含む虚偽記載をいう。
修飾・粉飾・虚飾 一般的な国語辞典の語義は、「内容が伴わないのに外見だけを実際以上に見せようとしてうわべの体裁をとりつくろうこと。」であるが、伝統的系譜学における実質的語義は、事績の過大記載・美化のみならず「系図譜上において事実とは異なる出身氏族を先祖としてその歴代親族構成情報と当家家祖とを接続して記載すること」を含む虚偽記載をいう。

 

 そうすると、一般的な国語辞典における語義も統一ないし整理されているというわけではなく、幅があったり、先行研究の実質的語義と一致するわけでもないということになるから、各語義を整合的に解釈するためには、一般的な国語辞典における語義にも頼れず、多数の先行研究の文脈から実質的語義を析出しなければならないということになる。

 しかしそれは、個別の研究者に文脈の用例を集積して感得しろという酷な負担を課しているということであり、かつ、各論者なりに相当程度異なる語義で論じていて共通理解を阻害しているということであるから、瑕疵ある慣行といわざるをえない。

(v)伝統的系譜学等における本物不在の「にせもの」概念

 伝統的系譜学等における文書の事実性に関する概念群は、「偽文書」「偽系図」「贋系図」「贋物」「偽作」「贋造」「偽造」などであり、これらの一般的な国語辞典における語義は、(エ)で明らかにしたとおり、「にせもの」を共通の要素とする。

 「にせもの」という語は、別個に物理的に存在する(した)「本物」に似せて作られたまがい物という意味であるから、「本物」の存在を前提としているし、「本物」の対義語である。しかし、これらの語は、実際には、虚偽の内容が記載された文書を指しており、本物を想定していない。これは例えば、特定の絵画Aの偽物としての絵画A’を指すのではなく、当該絵画Aに描かれている事物は虚構だと言い張っているような状態である。それと同様に、「贋系図」の語は、実質的には虚偽の内容が記載された系図という意味だが、字義解釈としては、何らかの正統性のある系図とは別に存在する、正統性のない系図を指すかのようである。すなわち、文書の記載内容の真偽が問題となる概念に対し、本物との関係が問題となるはずの用語が用いられている。

 「偽作」や「偽造」、「贋物」、「贋造」などの語もすべて同様の問題がある。特に、「贋物」は、その字面と読み「にせもの」からは「本物に似せたまがい物」を意味すると解するのが自然であるが、本物の存在しない、虚偽を記載した文書を指しているのが極めて奇妙である。

 言い換えると、「偽文書」等の概念群は、実質的には「文書の記載内容の真偽」を問題にする分類軸に属するが、語彙として採用している「にせもの」系統の語(偽作・贋造など)は本来「本物との同一性・真正性」という別の分類軸に属する。すなわち、「記載内容の真偽」軸では、ある記載が事実に合致しているかどうかが問題となり、本物の存在は前提とされない。これに対して「本物との同一性・真正性」軸では、ある物が正規の手続・権限によって作成された真正文書(本物)か否かが問題となり、記載内容の真偽は判定に影響しないから、これら2つの分類軸は本来独立している。さらに、「偽文書」の語の場合は、それに加えて「作成者が意図せず事実でないことを記載されたことを記載した文書」まで包括している可能性が高い

 このような複数の分類軸が混在しているのは、用語として採用する際に、「本物」が存在するという前提を無視したか、あるいは「本物」を「本当にあってもおかしくないもの」と不当に拡大解釈しているか、「事実が書いてあるものは本物、事実が書いてないものはにせもの」という本物・にせもの概念の不当な転換をしているからであると推察される。記載内容が事実かどうかで判別をしているのであれば、わざわざ「本物」かどうかが重要な要素となっている「偽作」「贋造」等の語彙を用いるのではなく、「虚偽記載」「虚偽文書」という、語義が明確で誤解の余地がない語彙が既に存在するのに、これを用いるべきであり、「大昔風の外観をしているが偽盲目的で比較的最近作られたもの」を表現したいなら「後世の創作」という複合表現を用いずに「模造(文書)」という直接的な用語を採用するべきであるのに、それらを含めて概念を分類し用語を整理しないことが極めて不可解である。

 いずれにせよ、特に定義が確立しているのであれば、定義者の用語選択の適切性の問題があるにしても、用語論上はなしとはしないが、そのような定義は明示的には存在しないのだから、入門者を徒に混乱させることになるし、他分野との共通理解も困難となる。

 なお、この点については、架空の紙幣を作成した場合に通貨模造罪が成立しうるかという議論に類する

(vi)伝統的系譜学等における同義語過多と感覚的混用

 意図的に事実でない記載のある文書及びその作成行為を実質的に指称する語として、(イ)(ウ)の表のとおり、偽文書、偽書、贋物、偽作、偽造、贋造、作為、造作、捏造その他の用語が並存しているところ、いずれも定義を明示的な欠くことについては(iii)で指摘したとおりであり、これら相互の関係、区別ないし射程も明らかでなく、同義語として互換的に混用されているものと認められる。すなわち、意図的に事実でない記載のある文書及びその作成行為という同一の概念に対して複数の同義語が乱用されているといえる。そして、同義語の数自体も多すぎる。

 例えば、「偽文書」は、(ウ)の表にあるとおり「偽造された贋物の文書」や「偽作された贋物」、「なんらかの目的で偽作された文書」「偽造された文書、虚偽を記載した文書」と定義されているが、これらの定義が実質的に同一の語義であるとすると、少なくとも「偽造」=「偽作」=「虚偽記載」であって、同義語が3つもあるということになるし、それらの語彙が同一の論文の中でも併用されていることはしばしばあることだから、論者の気分次第で無秩序に選択されていうということになる。他方、異なる語義であるとすると、学界において全く異なる定義をする複数の学派が存在するというのに用語論的議論がろくに行われておらず、個別の論文において論者自らがどの定義を採用しているのかを明かさないのが通常であるから、学界における重要概念についての共通理解も成立していないということになる。

 そのような有様なので、近藤安太郎が太田亮の次の主張に対してわかりにくいと評したのはやむを得ない。

太田亮「我が国の系譜研究と云ふ事は長らく尊卑分脈を中心とする偽系図に支配されて居た。今日に至るまで一部の人には、系図学者と云へば偽系図を作る人の異名の如く考へて居る。それ程、偽系と云ふものが跋扈して虚偽の大きな体系が形造られ、一般の人は、否、相当有名な学者までがたを信じて居る。この虚偽の体系を破って真実を知らせたいと云ふ点に私の苦心が働いて居る。」

近藤安太郎「 この文章は少々理解がむずかしい。しかし、既往の知られた系図は、ほとんどが贋系図であるから、どこが虚偽であり、どこが正しいかの識別をすべきである、ということをいっているのである。」

 この文章がなぜ「少々理解がむずかしい」のか。それは、

  1. ①「尊卑分脈を中心とする偽系図」中の「偽系図」の語義が、❶(文脈から)内容全部虚偽、❷(尊卑分脈の全部が捏造とは考えにくいから)一部内容虚偽、❸(字面から)第三者によるでっちあげの3通り考えられること、
  2. 「系図学者と云へば偽系図を作る人の異名」中の「偽系図」の語義が、❶(文脈、特に「作る」という動詞から①とは違う意味を指している可能性があるので)第三者によるでっちあげ、❷全部内容虚偽、❸一部内容虚偽の3通り考えられること、
  3. 「虚偽の大きな体系」ないし「虚偽の体系」の趣旨が、尊卑分脈を中心とする大系図が❶(「虚偽」の語義から)全部内容虚偽、❷(尊卑分脈の内容全部が虚偽とは考えにくいから)一部内容虚偽、❸(①②が第三者によるでっちあげならここでの「虚偽」も「偽物」の意味かもしれないので)第三者によるでっちあげの3通り考えられること

という多義的な言葉によって最大3×3×3=27通りのパターン分岐が考えられ、全部内容虚偽又は一部内容虚偽又は第三者によるでっちあげのいずれかだと統一的に解釈したとしても、3択から絞り込めない点にある。他方、どの語義の組み合わせに置き換えても文章の内容としては理解し難くはない。つまり、この文章の難しさは、内容が高度だからではなく、「偽系図」の定義がなく、捏造、変造、贋物など多義的に使われていて、字面から想像される意味とも上手く合致しないところがあるなど、どの語義を意味しているのか限定できないという語義の判別の困難さなのである。逆に、「偽系図=全部内容虚偽の系図」とか「偽系図=第三者によるでっちあげ系図」というように一義的に語義が決まっていれば、近藤安太郎がこの文章を「少々理解がむずかしい」と評することはありえなかったはずである。

 文理的に3択から絞り込めないにもかかわらず、近藤安太郎は、「ほとんどが贋系図であるから、どこが虚偽であり、どこが正しいかの識別をすべきである」という一部内容虚偽の語義を採択した。

 さらに、この近藤安太郎の説明には、太田亮が「偽系図」という表記を用いていたのにもかかわらず、近藤安太郎は「贋系図」という表記をしており、合理的な説明なく文字をすり替えたという問題がある。そのため、太田亮の文章の解説として対応関係を欠いており、「偽系図」と「贋系図」が同じ概念なのだとしたらなぜ別の文字にすり替えたのか、3択を無理矢理絞るためにごまかしたのか、など読者を混乱させることになる。

 (ウ)で列挙したとおり、今井登志喜も、偽作・偽造・贋造・贋物・偽物の各語を相互を定義しないまま使用しているし、野々村戒三も同様に贋造・偽作・偽造・贋物・偽物・改竄を定義しないまま使用しているが、これらは実質的には同義的に用いられており、区別が困難であって、それから100年近く経過しても歴史学等において整理されてはいないようである。

 さらに、宝賀寿男は、系図偽作・偽系図・偽造系図・偽書・偽作・偽造・造作・創作・捏造・仮冒・架上・修飾・虚飾・家系修飾・偽史・偽撰・偽編・混入など少なくとも20語前後の用語を定義せず使用しており、宝賀寿男「利波臣氏のその後―越中石黒氏の末裔たち―」姓氏と家系17号56頁(2015年)62頁は、同一の論文の単一頁内ですら、「偽造系図」「作為・造作した」「系図を創作」「系図の偽作」を同義語的に併用している。

 伝統的系譜学には用語辞典がないのだから、それらを異なる語義で用いているならそれぞれ定義を明らかにしてから論じるべきであるし、同一の語義で用いているなら(それでも定義は必要だが)一つの用語のみを用いる必要がある。いちいち定義するのが面倒というなら、用語辞典か基本書を刊行して定義を周知するべきである。そうせずに上記のような論じ方が学界一般になされていることから、伝統的系譜学には、厳密な定義を欠いたまま、論者の気分次第で用語を混用する慣行があるものといわざるをえない。

 このように、歴史学等における文書の事実性に関する概念群は、①同一概念に複数の語が並存し、②性質の異なる概念が同一語で呼ばれ、③定義が示されないまま使用されるという混乱状態にあり、伝統的系譜学は、この用語文化をそのまま継承したものというべきである。

 なお、歴史学者の中には用語定義の欠缺について問題視する者もいるようである。例えば、藤原明は、「従来、偽文書と偽書との相互の関係や相違点に関しては、ほとんど論じられたことがない。現に、さほど意識せず偽文書と偽書という用語を用いているケースも散見する。確かに偽文書と偽書との間には、密接な関係が認められる。(中略)歴史学の分野では、『国史大辞典』(吉川弘文館)等に「偽文書」は立項されているが、「偽書」を立項しているものは、わずかに過ぎないし、その定義についても不明瞭な点がある。(中略)通常、偽書という場合、内容を偽ったものと認識されている。」といって偽文書と偽書の定義について問題視しており、「偽書をおおよそ次のように定義しておく。①現在失われて伝存しない書物の「真のテキスト」であると称したり、②原作者未詳の書物に作者名を付けた仮託書、および後代の者が古人の名を騙ることにより、「前代の書物」を装った書物、つまり作者や書名を偽造した書物を指す。したがって、叙述内容の真偽は別として作者名を偽っていれば、偽書と考えられる。また、制作者に偽作の意図があったか否かは要件とはみなさない。」と定義した

 確かに、「偽文書」については一応定義をしようとする歴史学者が散見されるが、『国史大辞典』による偽文書の定義も、次のとおり意味不明であり、定義の要件を満たさない。

「なんらかの目的で偽作された文書のことをいう。この種の文書のなかには、(一)文書の機能に即して偽作されたものと、(二)文書の機能というよりは単に記載内容あるいはものとしての文書そのものに重点を置いて偽作されたものとがある。普通は(一)(二)をともに偽文書と称するが、厳密な意味での偽文書は(二)であって、(一)は謀書といわれ偽文書とは区別されるべきものである。」

 しかし、藤原彰の②の定義は、刑法の偽造概念に近いものの、虚偽の書名まで含めていることについては、同一の書名は古今東西特定の文書にしか認めず、それ以外は「偽造」に当たるという趣旨と解さざるをえず、それではいかにも不当であるし、①の定義と②の定義には書名と作成名義の点で重なる部分もあるものの、叙述内容の真偽は別とするなら、両者を分ける理由がなく、不用意に2義を定めている点で瑕疵がある。①の定義は、それ単体のみであれば、架空の「真のテキスト」を主張するという名義・内容双方の虚偽を含む概念であって「捏造」を意味するのだから、①と②が異なる定義であるなら、①を分離して「捏造」と定義するべきである。そして、偽文書と偽書の定義について問題視していたはずなのに、結局偽書の定義をしたのみで、偽文書の定義をせず、両者の区別もしていない。

(vii)語義過多

 「偽作」や「偽造」、「贋物」、「贋造」などの語は、(iv)の表に示したとおり、「記載内容が虚偽である文書」と「作成名義を偽った文書」や「名義・内容ともに事実でない、完全にでっち上げられた文書」など複数の実質的語義で用いられている。つまり、これらの語の使用には、(vi)で述べた同義語が多すぎるというだけでなく、一つの語にいくつもの実質的語義を持たせているという語義過多の瑕疵もある。 伝統的系譜学では、「偽文書」等の歴史学等の用語に類する系図譜関連語として、「系図偽作」「偽系図」「贋系図」「系図仮冒」「造作」「潤色」「創作」などが用いられてきたところ、これらの概念にも同様の瑕疵がある。

 その結果、執筆者の選好次第あるいは文脈次第で慣用語として、統一的基準なく使われ、論文をきちんと読もうとする読者の理解を阻害するという弊害が生じている(そのような用語選択をする執筆者が問題視しないのは、他者の論文を読んでいないか、読むにも書くにも大雑把だからだと推察される。)。

(viii)伝統的系譜学等の概念と刑法の概念との不整合

 伝統的系譜学等における「偽文書」や「偽造」の語と刑法における文書偽造等の概念は、類似するようで異なる。

 刑法の「偽造」、「虚偽文書」、「変造」、「模造」等の概念は、名義の偽りか内容の偽りかなどの事実性のタイプによって区別されており、これらの区別に基づいて分析することは、文書を作成した動機を解明するなどの足掛かりとして研究上の実益がある。

 これに対し、「偽文書」等の用語には、定義不在、同義語過多、さらに語義過多という致命的瑕疵があり、刑法の文書偽造等罪等の各概念に比べて未整理といわざるをえない。

(ix)刑法概念の限界

 刑法上の偽造等の概念は、まず作成権限が誰にあるかを区別基準とするのに対し、古文書や系図譜においては作成名義が記載されていないものが相当数存在し、また作成名義が記載されていたとしても誰にその文書の作成権限があったかが不明である場合も多い。

 文書偽造等罪などについては、過失犯規定がないことから、非意図的な犯罪類型が存在しない。

 そのため、刑法上の偽造等の概念そのままでは転用しにくい。

(x)従来の文書の事実性に関する概念群の採否

 (イ)及び(ウ)において伝統的系譜学・歴史学・史料学・偽文書学における文書の事実性に関する概念群を分析した。この概念群は、対象となる系図譜の真正性ないし信憑性に関する判定の結果としての評価語であり、判定にあたっては、毎回判定基準として定義を示した上で、対象となる系図譜その他の研究資料に関する事実を当てはめる必要があり、その定義は、系図系譜研究においては研究の結果を左右しうる程度に重要なものである。にもかかわらず、(ii)ないし(x)で検討したとおり、(ii)非意図的なものの等閑視を含む分類体系の欠缺、(iii)定義不在、(iv)一般的語義と実質的語義の不一致、(v)本物不在の「にせもの」概念、(vi)同義語過多と感覚的混用、(vi)語義過多、(vii)刑法上の概念との不整合といった瑕疵が認められる。

 これらの瑕疵のうち、非意図的類型の等閑視・定義不在・同義語過多・語義過多だけであれば、定義を立てて使用語を整理することで治癒する余地がある。しかし、そもそも分類体系が混乱している上、本物の存在を前提とする「にせもの」を意味する語彙を不実記載の包括概念として採用していることが語義と字面との不一致を発生させているのであるから、抜本的に分類体系と使用語彙を変更しなければ治癒することはできない。

 さらに、刑法上の概念との不整合は、歴史学・史料学との関係だけを重視すれば足りる伝統的系譜学とは異なり、法学を含む学際的学問分野として構築られる系図系譜学としては、共通理解を阻むものであって、現状を少し整理しただけでは瑕疵が治癒されえない。

 また、伝統的系譜学等が定義を確立せず、その実質的語義が一般的な国語辞典における語義とも一致せず、大量の先行研究の文脈から実質的語義を感得させようというのは個々の研究者の負担が大きすぎるし、共通理解が成立しないリスクが大きすぎる。刑法上の概念は整理され、有効な国法として高度の学際的通用力があるのに対し、伝統的系譜学等における文書の事実性に関する概念群には同義語過多や語義過多などの致命的な瑕疵があることから、系図系譜学を法学も含む学際的学問分野として確立するためにも、刑法における文書偽造等罪等との不整合を可能な限り避ける必要がある。

 そして、論文の論理構造上、判断基準として定義を示す必要があるのに定義を提示する習慣が全く認められず、むしろ文芸的修辞法(Elegant Variation)として、あるいはその時々の感覚で語を選択するかのような慣行が認められる。そのような学術用語の運用慣行は、読者の理解を著しく困難にするものと断ぜざるをえず、到底許容しえない。

 そうすると、伝統的系譜学等における文書の事実性に関する概念群を採用することは相当でない。

(キ)結論

 よって、系図系譜学においては、伝統的系譜学等の文書の事実性に関する概念群を採用せず、刑法上の文書関連概念を基軸としつつ、系図系譜研究の実態に即した用語を策定するものとする。

ウ 大分類の定義

(ア)「文書」の定義

 そもそも、「文書」とな何かが問題となる。

 伝統的系譜学においては、独自の「文書」の定義をしていないようであるところ、それが手本とする歴史学・史料学等の「文書」の定義を参照すると、古文書学において、「特定の相手方に意思を伝達することを目的として作成されたもの」と定義されており、記録(日記・帳簿等の非伝達的記録)と区別されている。しかし、この「文書」ないし「記録」を区別することは、確かに峻別主義に適う側面もあるものの、系図系譜研究をするに当たっては特段の実益のある概念とはいえないこと、文書と記録を宛先の有無で区分しているのは、受取人がいるなら不実記載があればすぐ発覚するだろうという期待から記載内容の信憑性を類型的に区分したものと解されるところ、記載内容の信憑性は個別に評価すべきであること、この「文書」の定義は狭きに失し、方法論で定める証拠論との接続にも支障が生じることから、この定義を採用することは相当でない。

 そこで、系図系譜学における「文書」とは、文字またはこれに代わるべき符号を用い、永続すべき状態において、ある物体の上に記載した意思または観念の表示をいい、その物体の種類については問わないものとすべきである。すなわち、①意思・観念の表示(作成名義人の意思・観念を表示したもの)、②可視性・可読性(文字や符号という視覚によって直接的に認識可能であること)、③永続性・定着性(媒体に固定されていること)の3要件を満たすものをいう。そのため、紙に限らず、木片や布、石あるいはその他の物体であっても、上記要件を満たす限り、「文書」に該当する。

 なお、刑法上のさらなる文書の要件としては、作成名義人認識可能性、確定性、原本性を挙げる見解もあるが、系図系譜研究においては、その特性上、必ずしもそれらを期待することができず、書証の範囲を徒に狭めることになるから、系図系譜学における文書の要件とはしない。

(イ)事実が記載されていない文書の事実性に関する包括概念
(i)問題の所在

 事実でないことが記載された文書については、伝統的系譜学ないし歴史学等において従来は「偽文書」と称されてきたところ、事実でないことが記載された文書の包括的概念をどう呼称すべきか、系図系譜学においても「偽文書」の語を採用すべきかが問題となる。

(ii)検討

 この論点において定義すべき文書の実質は、意図的・非意図的いずれであっても事実でないことが記載されていることであるというべきである。

 思うに、「不実記載」とすれば、意図的・非意図的いずれの場合も事実でない記載がなされたという客観的状態を過不足なく表現することができ、また「事実記載文書」という対義語を自然に観念できる。

 他方で、「偽文書」については、作成者が事実を誤認して記載したなど意図せず事実でないことが記載された文書群もあるにもかかわらず、「偽文書」の語は、「偽」の文字で文書の性質を表していることから、意図的に事実でないことが記載されている文書ないし工作活動の一環としてでっち上げられたような文書のみを指すかのような字面になっており、適切ではない。すなわち、「偽文書」という用語は、字義的には意図的なものに限定されており、非意図的なものを含めているとは言い難いし、逆にこれを含めているとすれば、極めて紛らわしい。さらに、イ(ア)で検討したとおり、その定義自体も確立されているとはいえない。そして、そのような語が従来使用されてきたという事実状態を保護すべき理由もないから、これを包括概念として採用することはできない。

(iii)結論

 よって、事実と異なる記載を「不実記載」といい、不実記載のある文書の包括概念としては「不実記載文書」を採用するべきである。

(ウ)事実が記載されている文書の事実性に関する包括概念

 事実が記載されている文書の包括概念としては、(ア)(ii)で述べたとおり、事実に合致する記載を「事実記載」といい、不実記載文書の対義語となる「事実記載文書」を採用するべきである。

エ 不実記載概念の類型化

(ア)経験則上かつ論理的に観念しうる不実記載のパターン

 系図系譜研究において直面しうる系図譜ないし文書の不実記載概念の類型にはどのようなものがあるべきかが問題となる。

 単にイ(ア)・(イ)における伝統的系譜学等の先行研究についての分析結果を統合整理するのみとすると、網羅性が十分とは考えられず、先行研究の語彙に引きずられて類型化を行えば、先行研究が見落としてきた抜け漏れが生じかねないし、また先行研究の実質的語義によって本当に有用な類型を歪められるおそれがある。また、立証の可否を考慮して類型化をすると、ここでの議論において想定していない方法で立証できたものについて、立証可能性がないと誤認して類型化から脱落させる危険もある。そこで、まず、イでの分析結果を一応参考にしつつも、経験則上かつ論理的に観念しうる不実記載のパターンを網羅的に列挙することにした。

 まず、不実記載文書は、意図的か非意図的かそれらの複合かで分類される。

 

【基本区分】

├── 意図的

├── 非意図的

└── 複合

 

 各区分において想定される不実記載のパターンは、下記のとおりである。なお、●は独立した類型として論じるもの、○はその下位パターンないし付随的バリエーションである。

 

意図的不実記載

名義関係
  • 作成権限のない者が他人名義で文書を新規作成した
    • 作成権限のない者が他人名義で既成文書の本質的部分を改変したパターンも含む
  • 作成権限のない者が他人名義で既成文書の非本質的部分を改変した
内容関係
  • 虚偽の内容を記載した
  • 事実よりも過大に記載した(誇張)
  • 事実よりも過小に記載した(矮小化)
作成時期・来歴関係
  • 作成時期又は来歴を意図的に偽った
脱漏
  • 記載すべき情報又は文言を意図的に記載しなかった

 

非意図的不実記載

誤認識
  • 事実でない事柄を事実であると誤認して記載した(事実誤認)
    • 事実よりも過大であると誤認して記載したパターンを含む
    • 事実よりも過小であると誤認して記載したパターンを含む
    • 複数の事実記載部分を接合できると誤認して記載したパターンを含む
記載過程
  • 記載しようとした文字と異なる文字を記載した(書き間違い)
  • 転写対象の文字の読取または記載を誤った(写し間違い)
    • 転写対象の文書そのものを取り違えたパターンを含む
情報源
  • 不実の伝聞・慣習的説明を真実と誤信して記載した
解釈・敷衍
  • 原文の趣旨を誤解して解釈・要約した結果、異なる趣旨に書き換える
    • 転写対象の文書の欠損・汚損部分を推測して補記したが推測が外れたパターンを含む
脱漏
  • 記載すべき情報又は文言を意図せず脱落させた結果として不実の記載となった
    • 言葉足らずにより作成者の意図とは異なる解釈しかされないような記載となったパターンを含む

 

複合性質文書

部分的な不実記載
  • 一部は不実記載だが、残りは事実記載である
不当な接合
  • 複数の事実記載部分を意図的に不当に接合した
    • 系図譜内のある範囲と別の範囲はそれぞれ事実が記載されているものの、両者の接続部分が事実でないパターンを含む
    • 事実である特定氏族の歴代親族構成情報と事実である特定家系の歴代親族構成情報を不当に接合したパターンを含む
不実本姓
  • 出身氏族部分又は本姓表示部分が不実記載である

 

(イ)意図的類型の用語

 刑法上の分類を参考にして不実記載文書を類型化すると、下記のように分類することができる。

 なお、下記の類型化について、立証の現実的可能性があるのか疑問を持つ者もいるかもしれないが、体系的な類型化がほとんどなされないまま場当たり的に現実に認定されてきた結果がイ(ア)・(イ)なのであること、理論上の類型が存在すれば、チェックリストとして各類型に該当するかを考慮する動機が生じるのであり、そのような営為を確保する高度の必要性があること、また、用語論の所管事項は概念の分類・策定にあって、立証については方法論が所管するものであることから、立証の現実的可能性とは別に下記のとおり類型化することは必要かつ相当である。

①名義虚偽

 文書上に表示された意思・観念が、意思・観念の表示主体(作成者)として文書上認識される者(作成名義人)に帰属しない文書を作成し、以て文書の作成名義人と作成者の人格の同一性を偽った文書の状態を「名義虚偽」といい、また、名義虚偽の文書を作成することを「名義虚偽文書の作成」という。

 文書の名義人が作成者に授権していた場合は代理人として文書の作成名義人に意思・観念を帰属させるために正当に作成したものといえるし、ペンネームや通称など作成者の別名として定着している名称を作成名義とした場合は作成者と作成名義人の人格が同一であることは明らかであるから、名義虚偽記載に当たらない。

 刑法では「偽造」というものの、「偽造」の語は伝統的系譜学等においても用いられてきたためにそれらにおける「偽造」と混同しかねないリスクがあること、字面から意味内容を直感的に理解することができないこと、次に定める内容虚偽と統一的な字面を採択する方が研究者の理解を促進することから、刑法との整合性を犠牲にしても、「偽造」ではなく「名義虚偽記載」として採用することとした。

②内容虚偽

 意図的に記載内容の全部又は一部を事実と異なるものとした文書の状態を「内容虚偽」といい、内容虚偽の文書を作成することを「内容虚偽文書の作成」という。

 刑法では「虚偽文書作成」というものの、「文書」の文字を用いると、文書の内容全体が虚偽であるかのような印象が生じること、また、系図譜とそれ以外の文書を包含しうるものの、系図系譜学では系図譜の事実性について論じる頻度が圧倒的に高くなるのに動詞として「当該系図譜は虚偽文書作成された」などというのは奇妙であることから、「内容虚偽」で足りるし、語義を字面から直感的に理解することが容易である。

 また、刑法では、「作成権限を有する者」に行為主体の身分を限定しているが、系図系譜研究においては、そもそも作成権限者が誰であったかが不明な文書が相当数存在するという現実があり、作成権限の有無を虚偽記載の要件とすると、作成権限者が不明な文書についてはいずれの概念にも分類できないという空白が生じること、作成権限者が不明であっても記載内容が重要となることが少なくないことから、刑法との整合性を犠牲にしても、身分要件を除外せざるをえない。

③変造

 作成権限を有しない者が真正に成立した文書の本質的でない部分を意図的に改変すること変造という。刑法と同様、本質的な部分を改変した場合は、作成権限を有しない者が新たな文書を作成したのと同じであるから、名義虚偽となる。

④模造

 模造は、刑法では、紛らわしい外観のものを作成することであるところ、系図系譜研究においては、虚偽の作成日付を記載したり、古めかしい紙を用いたりするなどして相当程度の過去に作成されたかのような外観を有するものの、実際にはそのような時期に作成されていない文書(いわば模擬古文書)などを作成するケースも十分にありえることから、そのような文書を「模造」というものとする。

 作成時期の偽りは、刑法では虚偽文書作成として処理されると解されるが、記載内容の真偽とは別に、文書がいつ作成されたかという時期的真正性が系図系譜研究における文書の証拠価値判断の重要な要素であるから、これを特に類型化する必要性が認められる。

 いわゆる「後世の創作」という概念が曖昧に想定してきたものをこの語で表現する。

 「名義虚偽」「内容虚偽」「変造」との区別は、それらが記載された文言に着目したものであるのに対し、「模造」は、外形的特徴に着目している点で異なる。

⑤過大記載

 意図的に事実よりも過大な記載をすること過大記載ということとする。

 例えば、先祖の官位・功績等を意図的に事実より誇大な記載をする行為がこれに当たる。

 従来「潤色」「粉飾」「修飾」「虚飾」「誇張」等の語がこれに対応する語義で用いられてきたが、いずれも定義がなく相互の区別も示されておらず、対義語を観念しがたく、一般的語義との乖離も大きく、また「誇張」「修飾」等は他の用途でも用いられるべきものであり、「潤色」は文学的ニュアンスが強いため、系図系譜学用語としては採用しない。

 意図せず事実よりも過大な記載をするものは、事実誤認記載として取り扱うものとする。意図的な過大記載及び過小記載(⑥で述べる)については、作成者が事実を認識しながら意図的に事実と異なる記載をするものであるが、全くの不実ではなく事実を拡縮したものであって元となった事実を推測する際のヒントになりえるから、独立した類型を設ける実益がある。

⑥過小記載

 意図的に事実よりも過小な記載をすること過小記載ということとする。非意図的に事実よりも過小な記載をするものは、事実誤認記載として取り扱うものとする。

 従来の用語慣行において過小記載に対応する語は存在しなかった。これはおそらく、系図譜や古文書の不実記載の動機として家格の誇示・美化が圧倒的に多く、過小記載の事例が研究者の意識に上りにくかったことによるものと推察される。しかし論理的には当然に観念すべき類型であるから、策定することとした。

⑦意図的脱漏

 記載すべき情報又は文言を意図的に脱落させて不実の記載をするケースも考えられるため、そのような、意図的に十分な記載をしないことを「意図的脱漏」というものとする。

(ウ)非意図的類型の用語
①事実誤認記載

 作成者が事実でない情報を事実であると誤信して記載することを「事実誤認記載」という。

 情報不足、誤解、推論の誤りなどが発生原因である。

 非意図的な過大記載及び過小記載の場合は、意図的な過大記載及び過小記載とは異なり、非意図的な過大記載は、作成者が実際よりも大きな事実が存在すると誤信した結果、非意図的な過少記載は、実際よりも小さな事実が存在すると誤信した結果として過大または過少な記載が生じているのであって、その本質は作成者の事実認識の誤りにあるから、いずれも事実誤認記載の一態様といえる。

 なお、単に『事実誤認』というと、文書の事実性とは無関係に特定の人物の認識の誤りを指す文脈でも用いられるため、文書の事実性に関する概念を表す語としては「事実誤認記載」とする。

 また、従来用語に「錯誤」の語があるが、これは法律用語の錯誤と紛らわしいため、系図系譜学では上記不実記載文書の用語としては用いないものとする。

②誤記

 作成者が記載しようとした文字と異なる文字が記載された文書の状態を「誤記」という。

 書き間違い、記憶違い、筆記具の不調などが発生原因の例である。

③誤写

 転記の対象となる文書そのものの誤認、ないし転記の対象である文字の読取ないし記載を誤ることを「誤写」という。誤記に類するが、誤記の場合は、転記対象となる原本等が存在しない点で誤写とは異なる。

 誤解、読み間違い、書き間違い、転写対象の錯誤などが発生原因の例である。

④誤伝

 客観的には不実である口伝・伝承・又聞きなどの伝聞について、作成者がその伝聞の内容を真実と信じて記載した文書の状態を「誤伝」という。事実誤認記載と重なる面もあるが、誤認の原因が伝聞という情報経路にあることが明示されている点で独立させる意義がある。

 単なるメモ、迂闊な誤信、盲信などが発生原因の例である。

⑤解釈過誤

 敷衍したつもりが無自覚に異なる趣旨に書き換えていたなどのケースは、誤記・誤写とも事実誤認とも異なり、原文や観察を誤解して記載したという類型であって、系図譜の書き継ぎ・要約・注釈の過程で生じやすいものとして系図系譜研究において特に問題となる場面が想定されることから、独立の類型とすべきである。

 そこで、原文や観察を誤解して記載したことを「解釈過誤」というものとする。

⑥非意図的脱漏

 記載すべき情報又は文言を無自覚に脱落させた結果として不実の記載となったケースも考えられるため、そのような、意図的に十分な記載をしないことを「非意図的脱漏」というものとする。

 

(エ)混合性質文書の処理
(i)原則

 一部が意図的不実、一部が非意図的不実な文書など、複数の性質を有する混合性質文書の場合は、「冒頭虚偽文書」などというように、対象となる性質を有する記載の位置を散在、冒頭、中途、末尾のいずれかの語によって特定して表現するものとする。ただし、「一部事実記載文書」については、不実記載を一部含むということを示唆するが、不実記載の性質が何かが重要である以上、どの不実記載に当たるのかを明確化する必要があることから、不実記載の性質を特定できない場合を除き、「一部事実記載文書」と表現するべきではない。

 

部分の範囲

├── 全部

└── 一部

  ├── 散在

  ├── 冒頭

  ├── 中途

  └── 末尾

(ii)不当接合

 実在する複数の系統の歴代親族構成情報を事実に反して接合している文書が存在する。接合された各部分においては事実が記載されているのに、全体としては一部に虚偽あるいは誤認がある、言い換えると、ある部分を事実とすると他の部分は不実記載ということになるが、当該他の部分を事実とすると当該ある部分が不実記載となるような文書である。系図譜を含むそのような文書は、本質的には接合部分の続柄記載に意図的又は非意図的不実記載があるというものであって、本質的な混合性質文書というべきである。

 そこで、各部分単位では事実が記載されているのに、全体としては、ある部分を事実とすると他の部分は不実記載ということになり、当該他の部分を事実とすると当該ある部分が不実記載となるような不実記載を不当接合と称することとし、そのうち意図的な不当接合であると認められるものを意図的不当接合、非意図的な不当接合と認められるものを非意図的不当接合ということとする。

(iii)不実本姓

 系図譜においては、出身氏族部分とその後に続く家系部分の歴代親族構成情報がそれぞれ事実に基づいて記載されてても、家祖とその親との続柄に虚偽又は非意図的不実記載がある場合、不当接合に該当する上、当該系図譜における本体が家系部分であるとすると、本姓部分が不実記載に当たる。また、出身氏族部分自体が全く架空の虚偽記載である場合や、出身氏族部分はないものの不実の本姓のみ表示している場合にも、本姓部分が不実の記載といえる。

 いずれも本姓部分が不実記載である場合について、系図系譜研究の便宜上、特にこれを指称する必要性が認められることから、系図譜上における出身氏族部分が不実記載に当たることを「不実本姓」というものとする。

 伝統的系譜学は、これを「仮冒」と称してきたものであるが、キ(ア)で述べたとおり、仮冒の語には各種の瑕疵があって採用できないため、系図系譜学では「不実本姓」の語を採用するものとする。

 

(オ)不実記載概念の分類体系表

 以上の不実記載概念を表にすると、下記のとおりとなる。

 

分類体系表

不実記載

├── 意図的不実記載

│   ├── 名義虚偽(作成者と作成名義人との人格の同一性を偽る)

│   ├── 内容虚偽(虚偽の内容を記載する)

│   ├── 変造(作成権限のない者が本質的でない部分を改変する)

│   ├── 模造(古めかしい外観の文書の作成)

│   ├── 過大記載(意図的な事実よりも過大な記載)

│   ├── 過小記載(意図的な事実よりも過小な記載)

│   └── 意図的脱漏(意図的に十分な記載をしない)

│ 

├── 非意図的不実記載

│   ├── 事実誤認記載(事実認識の錯誤に基づく記載)

│   ├── 誤記(書き間違い)

│   ├── 誤写(写し間違い)

│   ├── 誤伝(誤った伝聞に基づく記載)

│   ├── 解釈過誤(誤解して記載)

│   └── 非意図的脱漏(意図せず十分な記載をしない)

└── 混合性質

    ├── 一部不実記載

    ├── 不当接合(複数の事実記載を不当に接続する)

     └── 不実本姓(事実と異なる本姓を系図譜に記載する)

オ 使用禁止語

(ア)序

 エで用語の整理を行ったことから、伝統的系譜学等における下記の各語をはじめ、採用されなかった用語については、系図系譜学では、混乱防止のため、これを文書の事実性に関する概念としては使用禁止とするべきである。

 もっとも、先行研究又は参考文献において下記の各語が用いられていることがあり、それについては、批判ないし考察の対象となる文として、又は出典に関する情報の一部(例『〇〇氏の仮冒の可能性についての考察』)として、下記の各語を記載する必要性又は相当性が認められる。そこで、引用又は出典記載をする必要がある場合にのみ下記の各語を転記できるものとすべきであり、かつ、それで足りる。

 下記の各語については、頻用されていたことから、使用禁止の理由を明示することとした。

(イ)「仮冒」
(i)問題の所在

 「仮冒」の語は、伝統的系譜学においては頻繁に用いられているものの、明示的には定義が定立されていない。そのため、この語の採否が問題となる。

(ii)事実

 一般的な国語辞典における語義は、あまり掲載されていないものの、「他人の名をかたること。偽称」(以下、このセクションにおいて「一般的語義」という。)であるところ、伝統的系譜学においては、実質的には「系図譜上において、事実とは異なる出身氏族などを先祖としてその歴代親族構成情報と当家家祖とを接続して記載する」というような意味(以下、このセクションにおいて「実質的語義」という。)の語として用いられてきたことは経験則上明らかである。

(iii)検討

 この実質的語義は、確かにそのような記載をした系図譜作成者の目的としては、例えば実際には源氏でないのに源氏の末裔であると記載して自ら「源某」を偽称することにあったのかもしれないが、系図譜上の記載そのものに着目すれば、虚偽の出身氏族の歴代親族構成情報を記載したものであって、出身氏族の偽称そのものをしたものではない。刑法が虚偽文書作成罪(156条・160条)と虚偽文書行使罪(158条・161条)をそれぞれ規定しているのと同様に、虚偽記載と偽称は別個の行為であって、あくまで偽称は、そのような系図譜の行使の場面以降の言動(例えば、実際には源氏でないのに、源氏の子孫と自らの家祖を不当に接続した系図譜を提示しつつ、「源某」と名乗るなどの行為)又は系図譜と無関係に他人の名を詐称する言動を指すものというべきである。言い換えると、出身氏族について虚偽の記載をしてみたものの外部に提示(すなわち行使)せずに秘匿していた場合には偽称したとはいえない。また、そもそも、そのような記載のある系図譜作成者すべてが偽称を目的としたとも限らず、単に先祖から伝来した(客観的には事実でない)口伝を記載しただけであるとか、調査研究をしたものの事実を誤認して記載しただけである可能性もある。そうすると、客観的事実と記載内容が異なるからといって一律に「仮冒」の一般的語義すなわち「他人の名をかたった」「偽称した」に該当するものとみなすのは短絡的に過ぎる。

 また、「仮冒」の語自体、一般的な国語辞典の多くに記載されていないものと認められ、普及している語彙とはいえないし、伝統的系譜学においても、単に「仮冒」というにとどまらず「系図仮冒」とか「系譜仮冒」というように、「系図」または「系譜」の語で修飾しなければ文意が伝わらない可能性を少なくない論者が感じているようであり、そうであるにもかかわらず誰も定義しないのであるから、確立した伝統的系譜学用語であると認めることも困難である。

 したがって、上記実質的語義として「仮冒」の語を用いることは相当ではないし、必要性も認められない。

(iv)結論

 よって、系図系譜学においては、「仮冒」の語は採用しないこととする。

(ウ)「潤色」

 エ(イ)⑤で述べたとおり、潤色には文学的ニュアンスが強く、中立的な対義語も観念できないことから、採用しないこととする。

(エ)不実記載文書の表現としての「作為」

 「作為」は、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学において意図的な操作・改変の総称として用いられてきた語であるが、イ(イ)及び(ウ)で確認したとおり、偽作・偽造・創作・改竄・挿入などの語と実質的に同義語として定義なしに互換的に用いられてきたものである

 しかし、「作為」は、「不作為」(「何もしないこと。特定の行為をしないこと」の意)の対義語であり、「特定の行為を行うこと。」という中立的意味を持つ語であるところ、「作為的」の語義に引っ張られて、これを「意図的不実記載」ないし「意図的改変」という特定のニュアンスに特化した語義で用いることとすれば、偽作・偽造・贋物・贋造・捏造ないし改竄・挿入という代替語が多く存在するにもかかわらず、日本語として唯一不作為と対になって「特定の行為をするかしないか」を意味しうる語をその意味で使用することができなくなるという致命的欠陥がある。また、伝統的系譜学等における「作為」の語義は、偽造・虚偽記載・変造・捏造・過大記載等の概念によって区別され、かつ過不足なく代替されるから、これを採用する理由がない。

 よって、「作為」は、系図系譜学において不実記載文書の表現としては、採用する理由がないばかりか、使用を禁止せざるをえない。

 むしろ、系図系譜学における「作為」は、法学におけるのと同様に、「不作為」の対義語であって、「特定の行為を行うこと」をいうものとする。

 

(オ)「偽作」

 「偽作」は多義的な語であるところ、その各語義は系図系譜学においては既に偽造・虚偽記載・捏造、模造等の各概念によって明確に区別して表現され、「偽作」を独立した概念として採用する余地はないから、系図系譜学においては「偽作」の語を使用しないこととする。

(カ)不実記載文書の表現としての「創作」

 「創作」は、伝統的系譜学において、虚偽記載を指す語として用いられてきたところ、「創作」は国語辞典上「新たに物事を作り出すこと」や「芸術作品そのもの」という中立的・肯定的な語義を持つ語であり、文学・芸術分野では標準的な用語として広く定着している上、虚偽記載という、より直接的な語義を有する代替語があるのに、これを不実記載文書の概念として用いることとすれば、一般的用法との混同を招き、かつ上記語義で使用できなくなるという不都合がある。

 また、「系図譜作成者Aの創作だろう」などという結論的フレーズが伝統的系譜学には頻出するところ、本当にAの発案にかかる創作だったのか、第三者の入れ知恵あるいは第三者との共作だったのか立証ないし確定することはほとんど不可能であって、立証できたとしてもAの発案に基づく虚偽記載と書けば足りるのだから、上記不都合を踏まえても余りあるような「創作」の語を使用する実益は認められない。

 よって、「創作」は、系図系譜学において不実記載文書の概念としては使用しないこととする。

(キ)「系図偽作」「偽系図」「贋系図」

 「系図偽作」「偽系図」「贋系図」は、字面からは本物の存在を前提とする「系図のにせもの」というようなニュアンスを持つのに対し、実質的語義は「虚偽の歴代親族構成が記載された系図」であって、文言と語義の乖離が大きく、誤解の温床となりかねないリスクがあること、また、なぜか「系譜偽作」「偽系譜」「贋系譜」の語が用いられず、文言上「系譜」が除外されていることから、系図系譜学用語としては採用しない。

(ク)不実記載文書の表現としての「修飾」

 「修飾」の語は、語義解釈の際に文法用語として「AがBを修飾している」などと論じる際に用いることとなり、しかもより適切な代替語彙も存在しないのだから、これを文書の事実性に関する概念として採用した場合、語義解釈に重大な支障が生じることになる。

 また、伝統的系譜学では、事実と異なる先祖の歴代親族構成情報を家祖に接続することや実際の事績よりも過大な記載することを「飾る」と表現しているところ、そもそもそのような不実記載の性質が「修飾」の語義とは合致しているとはいえない(有力氏族を先祖として「飾る」という捉え方をすることは、通常の判断能力を有する一般人の理解において違和感を生じさせるに足るものと解される。)。おそらくその発案者は文芸的な発想ないし比喩的感性で「修飾」と表現し、それと同様の感覚を持つ後続研究者がそれに倣ったものと推察されるが、合理的な採用理由があったとは想像しがたい。

 したがって、「作為」と同様、不実記載文書の表現として「修飾」の語を用いるべきではない。

(ケ)不実記載文書の表現としての「架上」

 「架上」は、一般的な国語辞典における語義が「棚の上」であるにもかかわらず、一部の伝統的系譜学者が、縦書きの系図において架空の先祖を右上に記載されていることから転用したか造語したものと推察されるところ、縦書きの系譜の場合は水平方向右に先祖が記載されるのであるし、横書きの系図であっても水平方向の右又は左に先祖が記載されるのであって、必ずしも上方に先祖が記載されるものではなく、また、字面からしても直感的な理解を生じさせるものでもなく、エ(エ)で採用した不当接合又は不実本姓を使用すれば語義の直感的な理解を容易にすることから、あえてこの語を採用する理由がない。