『系図系譜学論究』第1巻第9号に論文が掲載されました

当研究所所長・木下祐也の論文「系図系譜学の理論体系構築のための試論(9)――方法論通則(1)序論――」が、学術雑誌『系図系譜学論究』第1巻第9号に掲載されました。

論文情報

  • タイトル: 系図系譜学の理論体系構築のための試論(9)――方法論通則(1)序論――
  • 著者: 木下祐也
  • 掲載誌: 『系図系譜学論究』第1巻第9号
  • 発行: 家系研究協議会
  • DOI: https://doi.org/10.69352/keiron.1.9_1

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【研究論文】

系図系譜学の理論体系構築のための試論(9)

――方法論通則(1)序論――

  木下 祐也

 

要  旨

 系図系譜学(Genealogical Science)の方法論体系の構築に当たり、いかなる基準に従って方法論を策定・採択すべきかを論じる(方法論の要件及び構築方針)とともに、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の方法論を系図系譜学に採用しうるかを検討する。

 方法論の採択基準として、①一般化・抽象化・記号化され汎用的かつ体系的な理論性、②第三者による妥当性の審査可能性、及び③学問目的ないし分野目的と手段との実質的関連性の3要件を定立する。また、すべての研究に対して一律の履践を義務付ける強行規定的方法論と、研究者が目的に応じて選択しうる任意規定的方法論とを区分する。方法論の構築方針としては、最高規範に定める審査可能性原則・精緻化原則・反権威主義・平等主義を遵守した上で、他分野の既成モデルを応用・転用する手法を次善策として採用する。

 伝統的系譜学等の方法論の採否については、推認構造論ないし証明論、論証構造、執筆方法、研究資料の収集・分析、インテリジェンス的発想の各側面から検討する。このうち推認構造論については、伝統的系譜学等において用語「傍証」の定義が存在せず、「史料」の語についても明示的定義を欠き、要証事実・立証趣旨・証拠の機能的分類(直接証拠・間接証拠・補助証拠)・経験則・論理則等の概念が根本的に欠如していることを、法学の証明論との対比により論証する。また、歴史学においては言語論的転回の問題提起が1970年代以降にずれ込んだが、法学の伝聞法則は17世紀後半から形成されており、これを参照していれば当該遅れは回避しえたことを指摘する。さらに、歴史学の学問目的は、過去の事実を発見・解明・確定することではなく、歴史学者の自認としては研究者の自己満足、実質的には過去の事象の一部に対する意義付与であり、事実認定の要請の程度が系図系譜学と看過できない程度に相違することも、不採用の根拠となる。論証構造についても方法論書が存在せず基本的な論証構造についての自覚が欠如しており、研究資料の収集・分析についても審査可能性要件及び実質的関連性要件をほぼ満たさない。

 以上の検討を経て、系図系譜学は伝統的系譜学等の方法論を基本的に採用することができず、新たに方法論を構築する必要がある。

キーワード: 系図系譜学、方法論、審査可能性、推認構造論、証明論、要証事実、立証趣旨、傍証、史料、史料批判、伝聞法則、言語論的転回、論証構造、強行規定的方法論、任意規定的方法論、歴史学、伝統的系譜学、学問設計、実質的関連性

 

目  次

 

1 問題の所在 4

2 方法論の要件及び構築方針 4

(1)問題の所在 4

(2)方法論及び研究手法の要件 4

ア 目的と手段の連関性 4

イ 方法論の要件 5

ウ 個別の研究における方法論及び研究手法の採択 5

(ア)強行規定的方法論と任意規定的方法論 5

(イ)研究手法の採択要件 6

(3)方法論構築方針 6

ア 審査可能性原則・精緻化原則・反権威主義・平等主義 6

イ 方法論が有するべき2つの機能 7

(ア)問題の所在 7

(イ)知見創出機能 7

(ウ)結論 7

ウ 他分野の既成モデルの応用による効率化 7

3 伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の方法論の採否 8

(1)問題の所在 8

(2)方法論の体系 8

(3)伝統的系譜学の方法論書の概観 8

(4)推認構造論の未発達 9

ア 問題の所在 9

イ 審査可能性要件 10

(ア)問題の所在 10

(イ)伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の推認構造論 10

(ウ)伝統的系譜学・歴史学・史料学における「傍証」の明示的定義の欠缺 10

(エ)歴史学における「証拠」の定義 10

(i)問題の所在 10

(ii)歴史学文献における「証拠」の定義 10

(iii)国語辞典における「証拠」の定義 11

(iv)小括 12

(オ)小括 13

ウ 要証事実に相当する概念の欠如 13

(ア)問題の所在 13

(イ)証拠・要証事実の定義、及び両者の関係 13

(ウ)「史料」概念における要証事実概念の欠如 14

(エ)小括 14

エ 「傍証」の実質的多義性、証拠の機能的分類の欠缺 14

(ア)問題の所在 14

(イ)「傍証」の実質的多義性 14

(ウ)「傍証」に相当する法学の証明論上の概念群 15

(エ)「間接事実」等の概念の欠缺と推認構造の未把握 15

(オ)直接証拠に相当する概念の欠缺 16

(カ)小括 16

オ 立証趣旨に相当する概念の欠缺 16

(ア)問題の所在 16

(イ)一次史料・二次史料の定義 16

(ウ)伝聞法則及び立証趣旨、要証事実 16

(エ)伝統的系譜学等における立証趣旨に相当する概念の欠缺 17

(オ)信用性評価基準と証拠の機能的分類の混同 18

(カ)小括 18

カ 経験則概念・論理則概念・公知の事実の欠缺 18

キ 法学と歴史学等における推認構造の対比 19

(ア)問題の所在 19

(イ)対比 19

(ウ)実例分析 19

(エ)小括 20

ク 伝統的系譜学等における未発達な推認構造の許否 20

(ア)問題の所在 20

(イ)法学の証明論の推認構造の普遍性・汎用性 20

(ウ)法学参照の伝統的回避と弊害 21

(i)問題の所在 21

(ii)言語論的転回 21

(iii)伝聞法則の趣旨との共通性と言語論的転回の後れ 22

(iv)多義的・文脈依存的な先行研究を典拠とする危険性 22

(エ)理論的発展の見込みなし 22

(オ)小括 23

ケ 学問目的との対応関係 23

(ア)問題の所在 23

(イ)歴史学の学問目的 23

(ウ)事実認定の要請の程度 24

(エ)小括 25

コ 小括 25

(5)論証構造の未発達 26

ア 問題の所在 26

イ 審査可能性・理論性 26

ウ 実質的関連性 26

(ア)基本的な論証構造についての無自覚 26

(イ)立証不要事実概念(公知の事実)の欠如 27

エ 小括 27

(6)執筆方法の未発達 27

(7)研究資料の収集・分析の未発達・不適合 27

ア 問題の所在 27

イ 審査可能性 27

ウ 実質的関連性・理論性 28

(ア)伝統的系譜学の資料収集方法・資料分析 28

(イ)史料批判の未発達と不適合 28

(i)不十分さ 28

(ii)長期にわたる理論的発展の欠如 30

(iii)系図譜の位置づけ 30

(iv)小括 30

(ウ)研究資料の整理の方法 31

(8)帰納分析及び理論分析の欠如ないし不備 31

4 中間決定 31

    1. 論文情報
    2. 論文へのアクセス
  1. 1 問題の所在
  2. 2 方法論の要件及び構築方針
    1. (1)問題の所在
    2. (2)方法論及び研究手法の要件
      1. ア 目的と手段の連関性
      2. イ 方法論の要件
      3. ウ 個別の研究における方法論及び研究手法の採択
        1. (ア)強行規定的方法論と任意規定的方法論
        2. (イ)研究手法の採択要件
    3. (3)方法論構築方針
      1. ア 審査可能性原則・精緻化原則・反権威主義・平等主義
      2. イ 方法論が有するべき2つの機能
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)知見創出機能
        3. (ウ)結論
      3. ウ 他分野の既成モデルの応用による効率化
  3. 3 伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の方法論の採否
    1. (1)問題の所在
    2. (2)方法論の体系
    3. (3)伝統的系譜学の方法論書の概観
    4. (4)推認構造論の未発達
      1. ア 問題の所在
      2. イ 審査可能性要件
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の推認構造論
        3. (ウ)伝統的系譜学・歴史学・史料学における「傍証」の明示的定義の欠缺
        4. (エ)歴史学における「証拠」の定義
          1. (i)問題の所在
          2. (ii)歴史学文献における「証拠」の定義
          3. (iii)国語辞典における「証拠」の定義
          4. (iv)小括
        5. (オ)小括
      3. ウ 要証事実に相当する概念の欠如
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)証拠・要証事実の定義、及び両者の関係
        3. (ウ)「史料」概念における要証事実概念の欠如
        4. (エ)小括
      4. エ 「傍証」の実質的多義性、証拠の機能的分類の欠缺
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)「傍証」の実質的多義性
        3. (ウ)「傍証」に相当する法学の証明論上の概念群
        4. (エ)「間接事実」等の概念の欠缺と推認構造の未把握
        5. (オ)直接証拠に相当する概念の欠缺
        6. (カ)小括
      5. オ 立証趣旨に相当する概念の欠缺
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)一次史料・二次史料の定義
        3. (ウ)伝聞法則及び立証趣旨、要証事実
        4. (エ)伝統的系譜学等における立証趣旨に相当する概念の欠缺
        5. (オ)信用性評価基準と証拠の機能的分類の混同
        6. (カ)小括
      6. カ 経験則概念・論理則概念・公知の事実の欠缺
      7. キ 法学と歴史学等における推認構造の対比
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)対比
        3. (ウ)実例分析
        4. (エ)小括
      8. ク 伝統的系譜学等における未発達な推認構造の許否
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)法学の証明論の推認構造の普遍性・汎用性
        3. (ウ)法学参照の伝統的回避と弊害
          1. (i)問題の所在
          2. (ii)言語論的転回
          3. (iii)伝聞法則の趣旨との共通性と言語論的転回の後れ
          4. (iv)多義的・文脈依存的な先行研究を典拠とする危険性
        4. (エ)理論的発展の見込みなし
        5. (オ)小括
      9. ケ 学問目的との対応関係
        1. (ア)問題の所在
        2. (イ)歴史学の学問目的
        3. (ウ)事実認定の要請の程度
        4. (エ)小括
      10. コ 小括
    5. (5)論証構造の未発達
      1. ア 問題の所在
      2. イ 審査可能性・理論性
      3. ウ 実質的関連性
        1. (ア)基本的な論証構造についての無自覚
        2. (イ)立証不要事実概念(公知の事実)の欠如
      4. エ 小括
    6. (6)執筆方法の未発達
    7. (7)研究資料の収集・分析の未発達・不適合
      1. ア 問題の所在
      2. イ 審査可能性
      3. ウ 実質的関連性・理論性
        1. (ア)伝統的系譜学の資料収集方法・資料分析
        2. (イ)史料批判の未発達と不適合
          1. (i)不十分さ
          2. (ii)長期にわたる理論的発展の欠如
          3. (iii)系図譜の位置づけ
          4. (iv)小括
        3. (ウ)研究資料の整理の方法
    8. (8)帰納分析及び理論分析の欠如ないし不備
  4. 4 中間決定

1 問題の所在

 系図系譜学の方法論(Methodological Intelligence & Procedures)としてどのようなものを策定・採用すべきかが問題となる。

2 方法論の要件及び構築方針

(1)問題の所在

 大前提として、学術研究の方法論をどのような基準ないし方針の下に策定すべきかが問題となる。

(2)方法論及び研究手法の要件

ア 目的と手段の連関性

 およそあらゆる目的が達成されるためには、そのための手段が用いられる。この理は学術研究においても妥当し、学問目的ないし個々の研究目的を達成するためには、そのための方法ないし手法が用いられるべきである。

 学術研究においては、個別研究の特性に応じて、又は、新たな方法論を創出することを目的として、試験的な分析手法も都度採用され試行錯誤されることもしばしばあり、それ自体は学問分野の発展のためには必要不可欠であって、予め目的を実現しうる高度の蓋然性のある手法以外認めないとすると、学問分野の発展を阻害することとなりかねない。他方で、理論体系において標準的に策定される方法論ないし所属する学者が共通して履践することを求められる重要な方法論は、実効性のあるものでなければ、学問分野の発展を阻害することとなりかねない。そのため、前者を研究手法、後者を方法論として区別する必要がある。

イ 方法論の要件

 そこで、系図系譜学における方法論としては、①学問目的を達成するために用いられる実践的研究手法・調査手順・評価基準の体系を一般化・抽象化・記号化して汎用的かつ体系的に論じたもの理論性)であり、かつ、②第三者によってその妥当性を審査されうるものであって(審査可能性)、かつ、学問分野の内容、態様等を勘案した上で、③学問目的ないし分野目的とそれを達成するための手段方法との間に実質的な関連性が認められるもの実質的関連性を策定・採択すべきである。この審査可能性とは、要するに書籍又は論文として出版されていて第三者が審査できる状態にあることをいう。また、この実質的関連性とは、単なる観念上の想定ではなく、確かな根拠に基づいた有効な手段であることをいう。

 

方法論の要件

理論性 学問目的を達成するために用いられる実践的研究手法・調査手順・評価基準の体系を一般化・抽象化・記号化して汎用的かつ体系的に論じたもの
審査可能性 第三者によって方法論の妥当性を審査されうること。
実質的関連性 学問目的ないし分野目的とそれを達成するための手段方法との間に実質的関連性が認められること。

ウ 個別の研究における方法論及び研究手法の採択

(ア)強行規定的方法論と任意規定的方法論

 すべての研究に対して所定の方法論を採用しなければならないとした場合、有効な方法のすべてを予め想定することは技術的に不可能である以上(予見不可能性)、既存の方法論が想定していない研究テーマを調査研究するため及び学問分野自体の進展のためには新たな方法論を開発・採用する必要があるが(補充・試験の必要性)、これを抑圧することになる。そのため、学問分野の発展と研究の深化のためには、標準とされた方法論だけを履践することに固執して後行研究が硬直化することは避けなければならず、研究目的に適した研究手法を考案採用したり、既存の方法論をカスタマイズないし改善したり、新たな方法論を構築したりすることができることとする必要がある。

 他方、審査可能性などの諸原則を制度的に確保するための方法論には、履践される高度の必要性がある一方、(絶対的必要性)、個々の研究目的との関係でおよそ有効でない方法論もあり、それを研究対象に適用しても妥当な結果を得ることができないのに、その履践を必須とすることは無意味な履践を強いることになる(相対的不要性)。

 そうすると、すべての研究に対して所定の方法論を必ず履践させ、かつそれ以外の研究手法の採用を禁止することは相当でないから、必ず履践されるべき方法論(強行規定的方法論)とそうでない方法論(任意規定的方法論)とを区分した上で、任意規定的方法は、あくまで基本的な方法ないし知見を提供するものとし、研究者は、最高規範に反しない限り、個別の研究目的の特性に応じて各研究者が独自の研究手法を採用したり、既存の任意規定的方法論をカスタマイズすることができるものとすべきである。なお、いずれを強行規定的方法論とするかは、個別の方法論において検討して定めることとする。

(イ)研究手法の採択要件

 各研究者においては、その研究目的に適した任意の研究手法を採用しうるところ、その採用基準をどうすべきか、方法論と同様の要件を満たす必要があるかが問題となる。

 学界の発展のためには試験的な研究も必要であり、また、研究手法において有効でない可能性が示されることも重要であるから、実質的関連性まで要求することは相当でない。他面において、標準的でない研究手法を採用して第三者に妥当性を審査させる以上、審査可能性原則、精緻化原則、構築過程開示主義その他の諸原則に適合するように研究手法を詳細に説明する必要がある。

 そこで、個別の研究目的における任意の研究手法については、最高規範の諸原則に適合する限り、実質的関連性までは要せず、合理的関連性(一応の合理性)があれば採用しうるものとすべきである。そのため、最高規範の諸原則の精神を没却するような曖昧で透明性を欠く研究手法を採用することができない。

(3)方法論構築方針

ア 審査可能性原則・精緻化原則・反権威主義・平等主義

 最高規範に定める審査可能性原則、精緻化原則、反権威主義及び平等主義を方法論の構築においても遵守するものとする。

 具体的には、何が自己や先行研究の主張であり、そのうちのどれに証拠があるのか、それとも仮説・推測に過ぎないのかを分別し、事実、根拠及び判断基準その他検討過程を詳らかにして、第三者による妥当性の審査可能性を制度的に担保する。

イ 方法論が有するべき2つの機能

(ア)問題の所在

 方法論は、通常、抽象化・一般化された分析手法が論じられるから、標準的な分析手法の提供機能を有するというべきである。しかし、他にも機能はないのかが問題となる。

(イ)知見創出機能

 巷に大量に出版されている先祖調査ノウハウ本のとおりに探索するだけでは、必ずしも系図譜などを容易に発見できるものではなく、行き詰まったときに闇雲に探索することは多大な労力を要するため、どのあたりに証拠が残っている可能性が高いかを見当を付けることも必要である。また、系図譜を分析する際にも、系図譜にまつわる各種の傾向が検討する際の参考になりうる。

 例えば、研究資料の探索収集手続は、個別研究者にとっては概ね先祖調査のノウハウと同様であるところ、通常の探索範囲内にない場合、探索範囲を拡大することとなるが、闇雲に探索するのではなく、通常の探索範囲を超えた場合にこのあたりにあることが多いという知見があれば、調査・分析の成功確率を高めつつ効率化もなしうる。より具体的には、名主の配偶者側の系図譜を入手したいが手持ちの系図譜その他の研究資料には情報がない場合に、「名主家と婚姻関係を結ぶ家は、平均して15km圏内の同格の家が多い」といった知見があれば、次にどこを調査すべきかの指針となる。そして、そのような通常の意味の方法論の実行過程において得られた事例を集積して分析評価し、体系化された知見として研究者間で共有すれば、有益なヒントになるはずである。

 そのため、通常の意味の方法論としての標準的な分析手法を実施するに当たり、単なる手続マニュアルのみならず、実行するに当たって有益な傾向等の情報もあれば、それに注意することで失敗を回避したり、あるいは効率化させたりしやすくなると考えられる。すなわち、研究者が知見(Intelligence)に基づいて当たりをつけ、所定の手続(Procedure)に従って実行することが、研究の成功率や効率性を高め、引いては学界を発展させるものと考えられる。

(ウ)結論

 よって、方法論は、調査研究及び執筆などの標準的な手続(Procedure)を提供する機能に加えて、調査研究の質を高めるための知見(Intelligence)を創出する機能の2つを有するべきである。

ウ 他分野の既成モデルの応用による効率化

 方法論の構築の方法としては、①先行研究からの帰納的に抽出する方法、②学問目的ないし下位分野の分野目的から演繹的に構築する方法、③学問目的ないし下位分野の分野目的の実現に適合的な他分野の既存の方法論を応用・転用する方法、の3つが考えられる。

 このうち、①先行研究から帰納的に抽出しようとすると、多数の先行研究の研究方法を分析して抽象化・一般化することとなり、極めて煩雑な上、ノイズも多く、しかも、先行研究が不合理な方法論に染まっていることもありえるから、必ずしも適合的な方法論を抽出できるとは限らない。宝賀寿男は、戦後日本の主流的な古代史研究者について、客観的・合理的に思考すべきという考え方の基本自体は正しいとしても、現実の運用としては、視野が狭く理解力が足りず安易に証拠や証明された事実を切り捨てるし、論理的に粗雑で、具体的な実証を怠り、観念論に陥っている旨批判しており、この指摘は妥当と考える。

 そのため、②学問目的ないし下位分野の分野目的から演繹的に構築する方法が理想である。しかし、多数の下位分野のそれを独自に一から構築し、その有効性を証明するための研究を相当数遂行することは、とてつもない時間を要し、1人の研究者だけで成し遂げるのは相当に困難である。だからといって、暗黙知として継承されているだけで言語化された標準的方法論が存在しないままにしたり、審査も精緻化もできないような他分野の方法論を模倣と惰性でズルズルと使い続けたりすることは絶対に避けなければならない。

 そこで、次善策として、③学問目的ないし下位分野の分野目的の実現に適合的な他分野の既存の方法論を応用・転用する方法、すなわち、既存の他の学問分野において、単に言語化されるのみならず、理論研究及び実証研究が蓄積し妥当なものとして確立され、かつ、系図系譜学の最高規範に適合し、学問目的ないし下位分野の分野目的の実現に資しうる方法論があれば、それをカスタマイズして導入し、理論研究及び個別研究を蓄積して、より適合するように精緻化することが、効率的かつ効果的だと考える。もし適合しないことが判明したとしても、別の方法論を模索し、より適合的な別の方法論が見つかったら、あるいは独自に構築できたならば、切り替えれば足りる。

3 伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の方法論の採否

(1)問題の所在

 系図系譜学では、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の方法論を採用すべきかが問題となる。

(2)方法論の体系

 方法論の体系の大枠は、通則(序論、論証技術論、執筆技術論、系図譜に関する特則、先行論文分析論、理論構築論、帰納分析論、標準方法群)、資料収集系、資料分析系、研究環境構築系によって構成される(分野体系論参照)。

(3)伝統的系譜学の方法論書の概観

 そもそも伝統的系譜学に方法論があるかが問題となるところ、最高規範で述べたとおり、伝統的系譜学の方法論については、Gattererの実務書やLorenzの理論書、Board for Certification of Genealogistsなどによる資料分析・証拠評価についての実務書、先祖調査ノウハウ本に加えて、若干の見解が言及された論文がいくつかある程度である

 日本の伝統的系譜学では、基本的には、系図譜同士あるいは古文書等との比較対照方法がしばしば使われるが、体系的には言語化されておらず、個々の論文において各研究者の考えに基づいて実践されているに過ぎない。

 言語化されている部分についても、証拠評価や資料の収集・分析方法、系図譜の書き方のみであって、(2)に記した方法論体系の大部分を欠き、かつその質も十分なものではない。佐伯有清の研究手法を方法論とみなす見解もあるが、抽象化・一般化されていないため、方法論ではない。

 なお、伝統的系譜学が手本とする歴史学及び史料学については、歴史学における詳しく言語化された方法論書はほとんど1940年代までのものである上、歴史学を専攻しなかった者が歴史学の方法論を参照しようとしても、史料批判がどのようなものなのかどころか、そもそも史料批判と史料学と歴史学の関係はどうなっているのかを説明する書籍を発見すること自体が容易ではないから、これを参照させることによって流用するのは相当ではない。史料学においても、『史料学講義』という入門レベルの概説がなされた書籍しかない。

(4)推認構造論の未発達

ア 問題の所在

  「史料」という用語の定義は、基本的には「歴史学における証拠あるいは「歴史学研究の材料・素材として歴史学において定説となっており、伝統的系譜学においても頻用されることから、歴史学・史料学における史料関連概念がどのようなものであって系図系譜学研究に応用しうるかが問題となる。

 そこでまず、史料関連概念についての理論化の程度について審査可能性要件を充足するかを審査し(イ)、その上で、「史料」が証拠であるならば、史料関連概念は、法学の証明論がそうであるように、証拠の機能的分類(直接証拠・間接証拠・補助証拠)、積極証拠・消極証拠の方向性、証拠能力と証明力の峻別、証明度の基準、経験則・論理則などの推認構造が理論的に体系化されているはずであるから、これらの観点から史料関連概念の系図系譜学との実質的関連性要件を充足するかを審査することにする(ウ以降)。

イ 審査可能性要件

(ア)問題の所在

 伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の推認構造論について審査可能性があるかが問題となる。

(イ)伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の推認構造論

 伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の推認構造には、「傍証」の語のほかに証拠説に立った場合の証拠の「史料」の語、今井登志喜や野々村戒三、坪井九馬三などのいう「総合」がある。

 なお、坪井九馬三は、「綜合の手續をこまかく申上げやうと思ひましても、とても出来ません。」といって理論化・言語化ができないと断言している

(ウ)伝統的系譜学・歴史学・史料学における「傍証」の明示的定義の欠缺

 推認構造に関する理論が存在しないことから、「傍証」の定義が問題となるところ、伝統的系譜学・歴史学者・史料学者が「傍証」の語を定義している文献は見当たらない

(エ)歴史学における「証拠」の定義
(i)問題の所在

 同様に、「史料」の定義が問題となるところ、「史料」の定義の一つが「歴史学における証拠」であり、あえて「史料」という専用用語を策定している以上、この定義における「証拠」は、他の学問分野ないし日常語における「証拠」とは相当程度の相違点がある可能性が高い。そこで、歴史学における「証拠」の定義とは何かが問題となる。

(ii)歴史学文献における「証拠」の定義

 「証拠」の語を定義している歴史学の文献を探したところ、遅塚忠躬は、「その確かな証拠は、歴史家の主観的解釈から独立した実在としての事実の認識にほかならない」、坪井九馬三は、「證據物件が奥へる所の事柄を證據」とそれぞれ定義しているが、これら以外に「証拠」の語を定義しているものは見当たらない

 そこで、遅塚と坪井の「証拠」の定義を検討すると、これらは要するに、研究者自身が古文書等から感得した認識ないし情報をいうものである。しかし、一般の歴史学者・史料学者は、古文書等の有体物を指して「史料」と呼び、史料=証拠と定義している以上、歴史学における「証拠」は、古文書等そのものであって、少なくとも有体物の性質を有するものと解されるから、遅塚・坪井の定義とはおよそ相容れない。そして、遅塚・坪井の定義は、「証拠」の一般的な語義とも相容れない。

(iii)国語辞典における「証拠」の定義

 次に、一般的な歴史学者・史料学者が国語辞典における「証拠」の語義を採用している可能性について検討する。一般的な国語辞典においては、日常語の語義と法学用語の2つの語義が掲載されているようである。

 まず、日常語の語義は、「事実・真実を証明するよりどころとなる事や物」というものであり、何らかの証明対象となる事実ないし真実の存在を前提としている。しかし、歴史学者・史料学者の史料の用法においては、仮説や問いを設定する以前の古文書等の収集段階においても「史料」という語が用いられており、「何を証明しようとしているか」という証明対象である事実が特定されないまま史料という語が使用されているから、「証拠」の日常語の語義が前提とする証明対象の特定を欠いているというべきである。したがって、一般的な歴史学者・史料学者は「証拠」の日常語の語義を採用しているとはいえない。

 次に、歴史学者・史料学者が歴史学を裁判に頻繁に例えていることから、歴史学者・史料学者が一般的な国語辞典における法学用語としての語義を援用しているかを検討すると、一般的な国語辞典における法律用語としての語義は、「裁判所が法律を適用すべき事実の有無を確定するための資料」を「証拠」というところ、これも上記日常語の語義と同様に、証明対象である事実の特定を必要とするのにもかかわらず、歴史学者・史料学者はこれを欠く。

 そもそも法学の証明論においては、「事実の認定ないし判断の基礎となる情報そのもの」ないし「証拠方法の取り調べによって得られた情報」を「証拠資料」といい、人証・物証という「情報を運ぶ媒体」ないし「五官の作用によって取り調べることのできる対象」を「証拠方法」ということから、歴史学者・史料学者の有体物としての黙示の定義は「証拠方法」、遅塚・坪井の定義は「証拠資料」にそれぞれ近似するものと解されるが、歴史学・史料学の史料論にはこれらに相当する概念が存在しない。「史料論」とは「当該時代の史料の特質とあり方を明らかにする」ものであるらしい。そうすると、歴史学者・史料学者は、歴史学を裁判に頻繁に例えているが、山本博文の「裁判では単に有罪、無罪だと判決するだけでなく、その事件がどういう事件であったのかの総括が行われます」という実際の判決文に反する説明からも明らかなように、歴史学入門者向けの比喩を法学素人的印象に基づいて述べているに過ぎず、法学における証明論を実際に参照しているわけではないことは明らかであるから、「証拠」の定義についても法学用語としての語義を援用していないものと解される。

(iv)小括

 したがって、歴史学・史料学における「証拠」は、日常語や法学用語としての語義を採用又は援用したものではなく、少なくとも有体物の性質を有する独自の概念ではあると解されるが、明示的に定義されてはおらず、また、遅塚・坪井の定義は独自の例外的な定義であると解すべきである。

(オ)小括

 したがって、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学の推認構造論には、「傍証」のほかには証拠説に立った場合の証拠の「史料」しかなく、「傍証」の語及び証拠としての「史料」の語についての定義がされていないから、推認構造に関する理論審査可能性は認められない。

ウ 要証事実に相当する概念の欠如

(ア)問題の所在

 歴史学・史料学においては、イ及びウで述べたとおり、「証拠」「傍証」の定義がなされていないという時点で既に議論にならないが、史料関連概念の不備を論証するためには「証拠」の定義が必要であり、イ(ウ)で述べたとおり少なくない歴史学者が歴史学研究を裁判に例えているので、ここでは、訴訟法において証明論を発達させている法学での定義を軸として検討することとする。

 そこで、証拠と証拠の候補ないし研究素材との決定的な相違は何か、さらにはその相違について歴史学・史料学は理論化しているかが問題となる。

(イ)証拠・要証事実の定義、及び両者の関係

 まず、証拠の定義については、法学ではさまざま定義されているし、裁判との関係が含まれているので、法学における証拠定義の本質を抽出して整理すると、証拠とは、特定の事実の存否を確定するための根拠となる資料をいうものと定義するべきである。このように定義すれば、法学の専用定義ではないし、むしろ一般的な語義を精緻化したものということができる。その上、定義としての汎用性も認められるから、史料の定義が「証拠」である以上、史料も、上記法学における定義と同様の機能を有するはずである。

 また、かかる定義には「特定の事実」の文言が含まれ、それを軸とした定義となっている。この「特定の事実」を要証事実といい、要証事実とは、立証命題が真であるといえるために証明される必要のある事実をいう

 そのため、証拠は、要証事実が特定されて初めて何が証拠たりえるかの議論をすることができる相対的概念であるというべきである。そして、要証事実が何であるかが決まらない限り、何が証拠になるかはわからない、という関係にあるから、証拠と、証拠候補ないし研究素材との境界は、要証事実が特定され要証事実と関係があるか否かというところにあるといえる。

(ウ)「史料」概念における要証事実概念の欠如

 史料=証拠説を採る論者において、要証事実に相当する概念を指す用語が存在しないことから、少なくとも明示的には当該概念を把握しておらず、感覚的にその存在を想定しているに過ぎないものと解される。

 他方、史料=素材説においては、一見すると、証拠として位置づけていないことから、要証事実概念は原理的に存在し得ないかのように思われる。しかし、研究の実践上は、素材を収集して心証を形成し、過去の事実を想起した後、論文として記述する段階では、単に素材から感得した解釈をそのまま書くのではなく、当該事実を証拠によって立証するという形式をとらなければならない。これは、審査可能性原則により、第三者が論証過程を検証できる形で記述することが必要とされるからである。そうすると、当初素材として収集した物品であっても、論文記述の段階では要証事実との関係で証拠として把握し直さなければならないのであるから、素材定義型を採る論者においても要証事実を観念する必要があることに変わりはない。

(エ)小括

 以上のとおり、歴史学・史料学の史料関連概念はそのような推認構造を自覚するに至らなかったのであるから、少なくとも明示的には要証事実ないしそれに相当する概念を欠くというべきであり、実践上はせいぜい感覚的に、あるいは漠然とその存在が念頭に置かれているに過ぎないというべきである。

 したがって、史料概念は、証拠概念の前提となる要証事実概念に欠ける以上、法学の証明論に劣るといわざるをえない。

 なお、感覚的にその存在が想定されていれば足りるとする反論もあるかもしれない。しかし、そのような見解に立つ場合、ニュートン以前の時期にあっても、人類は、物を空中で手放せば地面に落ちることを知っていたのだから、引力の存在を感覚的に想定できていたものと解されるところ、それではニュートンが万有引力の法則を主張しなかったとしても物理学理論は十分なものであり、それを含む感覚的に存在を想定できる物理現象全般についての物理学理論は基本的に不要であるのだという結論になって、これが不当であることは明白である。

エ 「傍証」の実質的多義性、証拠の機能的分類の欠缺

(ア)問題の所在

 「傍証」の語についても、文脈上、「史料」の一部を指して用いられるものの、その機能的分類は何か、そもそも伝統的系譜学等における証拠の機能的分類はどうなっているかが問題となる。

(イ)「傍証」の実質的多義性

 イ(エ)で述べたとおり、伝統的系譜学等においては「傍証」が定義されていないから、おそらく伝統的系譜学者等は、「傍証」の語を日常語の語義で用いているものと解されるところ、国語辞典における「傍証」の語義は、①「事実を直接証明する証拠ではないが、周辺の状況などを明らかにし、これを固めることにより、間接的にその証明に役立つ証拠」ないし②「おもな証拠を補強する力のある従属的な間接の証拠。直接の証拠ではないが、その証明力を増す間接の証拠」というものである

 実際の伝統的系譜学論文ないし歴史学論文・史料学論文での「傍証」の語の用法も、上記①・②の両方であると認められるから、「傍証」の黙示的な定義は、上記①・②の両方を含むものと解され、多義性が認められる。

(ウ)「傍証」に相当する法学の証明論上の概念群

 国語辞典の中には、「傍証」の語を法律用語であるという誤った語義を掲載しているものもあったから、ここでそれについての注意喚起も含めて、法学における証明論と対照することとする。

 法学の証明論においては、要証事実を直接証明する証拠を「直接証拠」といい、要証事実の存在を推認させる事実を「間接事実」といい、間接事実を証明する証拠を「間接証拠」といい、証拠の証明力を増強する証拠のことを「増強証拠」といい、増強証拠は、証拠の信用性に関する証拠の一種であって、他に「弾劾証拠」や「回復証拠」もあり、いずれも証拠の信用性に関する事実である「補助事実」を証明するものである

 したがって、「傍証」の上記①の語義は、「間接証拠」ないし「間接事実」を曖昧に指し、上記②の語義は、「増強証拠」を指すものと解される。

(エ)「間接事実」等の概念の欠缺と推認構造の未把握

 間接事実の概念は、要証事実の証明に間接的に資する事実である間接事実それ自体も証拠によって証明すべき事実であり、補助事実ないし弾劾証拠・増強証拠・回復証拠の関係も同様に、証拠から事実を認定するための推認構造の中に位置づけられるものである。

 そのため、推認構造を把握するためにはこれらの概念が必要となるにもかかわらず、史料関連概念には、そのような推認構造に関する議論自体が存在しないこともまた明らかである。

 そうすると、歴史学・史料学において機能的分類に属するものは「傍証」1語にとどまり、しかもその対概念として当然存在すべき直接証拠に相当する概念すら定立されておらず、証拠の機能的分類が根本的に欠如しているといわざるをえない。

 傍証の語義は「間接的な証拠」であり、証明論の間接事実・間接証拠・増強証拠に対応するが、傍証はそれらを大雑把にまとめて「主要な証拠ではないが支持的な証拠」という程度の意味で場当たり的に使用されているものと認められる。

(オ)直接証拠に相当する概念の欠缺

 「史料」が「歴史学における証拠」であり、「傍証」が①「事実を直接証明する証拠ではないが、周辺の状況などを明らかにし、これを固めることにより、間接的にその証明に役立つ証拠」ないし②「おもな証拠を補強する力のある従属的な間接の証拠。直接の証拠ではないが、その証明力を増す間接の証拠」であるならば、これらの定義に含まれているとおり、「事実を直接証明する証拠/直接の証拠」という対概念が存在するはずである。

 法学の証明論には、(カ)(c)で述べたとおり、「直接証拠」という用語が存在する。

 しかし、歴史学・史料学の史料関連概念には、特にこれに相当する概念は存在せず、「史料」がこれを表現するようである。

(カ)小括

 したがって、「傍証」の1語が、法学の証明論における「間接証拠」ないし「間接事実」と「増強証拠」の3つの概念に相当する多義性を有していることになるから、精緻化原則に反しており、そのような語を用いている史料関連概念は、基本的な推認構造を把握しておらず、法学の証明論に比べて著しく未分化であるといわざるをえない。

オ 立証趣旨に相当する概念の欠缺

(ア)問題の所在

 「一次史料」・「二次史料」の区分は、伝統的系譜学でも頻用されるところ、この区分に関する推認構造上の位置づけは妥当かが問題となる。

(イ)一次史料・二次史料の定義

 一次史料とは、「あるできごとについて、その体験者がほぼ同時期に書いた史料」をいい、二次史料とは、「あるできごとについて、その体験者ではない人が作成した史料」という。この区分を設ける理由は、「二次史料には、そのできごとからかなりの年月を経て作成されたものもあり、一次史料と比べて不正確な記述が多くなる傾向にある」ため、「その史料について、どのような立場の人物が、いつ、どのような目的で、誰に向けて作成したものか判断し、史料がどれほど信用できるものであるのか検証することが必要」だからというのであるから、一次史料・二次史料の区分は、当事者性と同時代性に着目した、記載内容の信用性評価基準であるものと解される。

(ウ)伝聞法則及び立証趣旨、要証事実

 しかし、法学では、記載内容の信用性評価をする前の段階において、書証の取り扱いについての基本的なルールとして伝聞法則が存在する。

 伝聞法則とは、刑事訴訟法における証拠法の1つであり、文書には知覚・記憶・叙述の各過程において誤りが混入する高度の蓋然性があることから、同一の書証であっても立証趣旨に応じて取り扱いを変えて、文書の証拠能力を肯定するかどうかが決まるというものである。すなわち、同一の書証であっても、立証趣旨が記載内容の真実性である場合には原則として証拠能力を否定し、立証趣旨が記載の存在自体である場合には証拠能力を認めうるというものである

 そして、立証趣旨とは、「当事者によって示される証拠と証明すべき事実との関係」、言い換えると「その証拠を用いてどのような事実を立証しようとしているのかという趣旨・目的」をいうところ、立証趣旨が前提としているのは、要証事実である

 例えば、ある記録に「Aが甲地に行った」と記載されている場合、立証趣旨が「Aが実際に甲地に行ったこと」であれば当該記録の内容の信用性が問題となり、原則として証拠能力を否定されるが、立証趣旨が「そのような記載が存在すること」であれば内容の真偽とは無関係なので証拠としうるというものである。

 このように、法学では伝聞法則において、要証事実を起点として立証趣旨によって取り扱いのルートを分岐させ、記載内容の信用性評価基準の方に進むかどうかを判断できるように理論化している。

 立証趣旨による分岐があり、立証趣旨が記載内容の真実性である場合にのみ記載内容の信用性評価が問題となり、その場合にのみ一次史料・二次区分史料が(この区分が妥当かどうかは別として)機能しうるが、記載内容の存在自体を立証趣旨とする場合は区分が機能しないのであるから、立証趣旨概念がないのに信用性評価をしておくという運用に意味はない。

 そのため、立証趣旨が推認構造上極めて重要となる。

(エ)伝統的系譜学等における立証趣旨に相当する概念の欠缺

 伝統的系譜学等においては、上記のような伝聞法則ないし立証趣旨に相当する概念が少なくとも明示的には存在しないようである

 立証趣旨を含む推認構造が確立されていれば、「一次史料」であっても立証趣旨との関係で証明力がゼロになりえるし、「二次史料」であっても立証趣旨次第では高い証明力を持ちうるし、不実記載文書も「そのような文書が存在したこと」の証拠としては機能しうる。

 しかし、今井登志喜や福井憲彦らが「偽文書なども、なにゆえそうした偽文書が作成され、伝えられたのかという問いが可能である以上、場合によっては重要な手がかりでありうるのだから、最初から史料としての価値を否定されるものではない」などと繰り返し問題視してきたことを鑑みると、歴史学等においては、「一次史料」・「二次史料」の区分しかなく、立証趣旨の概念が欠けていることにより、証拠価値なしとして排除したり不合理に低評価したりしやすく、同一の文書から引き出せる情報の範囲が不当に狭められるなどの実害が生じやすい常況にあるものと推認される。

 他方で、いずれの学者も、この問題意識を史料批判の一注記として述べるにとどまり、立証趣旨の概念なしには区別を把握することができないという推認構造について理論化できなかった。

(オ)信用性評価基準と証拠の機能的分類の混同

 「一次史料」・「二次史料」は、作成時期が記載内容と同一時期か否かで区別する信用性評価基準であるはずなのに、論者によっては信用性の強さと推認構造の直接性とを混同して「直接証拠」に相当する意味で使われたりすることも少なくないようである。

(カ)小括

 以上のとおり、歴史学者の自覚的な位置づけとしては信用性評価基準であるが、要証事実が特定されなければ立証趣旨も特定できず、立証趣旨が特定されなければ証拠の機能的分類も伝聞か否かの区別も証明力の評価も決まらず、記載内容の存在自体を立証趣旨とする場合は、この信用性評価基準は適用されえないはずであるのに、それについて理論化せず、立証趣旨が何かという分岐を経ずに直接的に「一次史料」・「二次史料」かで区分しているということができる。

 しかし、証拠評価も要証事実ないし立証趣旨との関係で決まる以上、要証事実を軸とする推認構造論が不十分なまま史料批判=証拠評価をしても意味がない。

 したがって、伝統的系譜学・歴史学・史料学は、そのような推認構造を自覚的に把握できなかったものと認められ、「一次史料」・「二次史料」の区分に関する推認構造上の位置づけは不当であり、未発達であるというべきである。

カ 経験則概念・論理則概念・公知の事実の欠缺

 経験則とは、社会生活における経験から帰納された事物に関する知識や法則であって、一般的な常識に属するもの(一般的経験則)と職業上の専門知識(専門的経験則)科学上の法則や論理法則などを総称していう

 また、論理則とは、同一律・矛盾律・排中律・充足理由律という論理学上の公理として先験的に自明である思考法則であり、「証拠から一定の判断を導き出しその判断を前提として更に他の判断に到達するという思考過程で、それが直接推理であると間接推理であるとを問わず、正しい推理がされているか否かを自省または検討する基準となるべきもの」をいう。なお、論理則を経験則に含める見解もあるが、性質上、別個のものと解するべきである

 伝統的系譜学・歴史学・史料学においては、これらに相当する概念については、通常の調査研究活動の中で必ず用いているはずであるのに、言語化されていない。すなわち、どのような論理で推認しうるかの判断基準が自覚されていない。

キ 法学と歴史学等における推認構造の対比

(ア)問題の所在

 過去の事実を証拠に基づいて認定するという作業の構造は、訴訟実務と歴史学・史料学研究において本質的に共通するから、歴史学・史料学における史料関連概念と法学における証明論とはカウンターパートに位置づけられると解される。しかし、ここまで論じてきたとおり、歴史学・史料学における史料関連概念は、法学における証明論と比べて著しく未発達である。そこで、両者の異同が問題となる。

(イ)対比

 法学の証明論は、要証事実、自然的関連性、直接証拠・間接証拠・補助証拠・増強証拠・弾劾証拠・回復証拠といった機能的分類(要証事実を直接証明するか、間接事実を通じて推認させるか、証拠の証明力についての証拠か)、積極証拠・消極証拠という方向性(事実の存在を肯定する方向か否定する方向か)、証拠能力と証明力の峻別、証明度の基準、立証趣旨・伝聞法則、・本証・反証、経験則・論理則、弁論の全趣旨などの精緻な体系を具備している。

 歴史学・史料学には、これらに相当する議論は、証明度については、多数決制か、「肯定」「蓋然」「未決定」「否定」というわずか4段階しかなく、各段階を分ける具体的な基準(閾値)が一切示されず、証拠の分類についても「遺物」「陳述」の2種類があるだけで、法学の証明論とは比較にならないほど曖昧未分化・未発達であることが明白である。

 なお、法学には、要件事実論や事実認定論といった証明論に密接に関連する理論の研究も行われているが、歴史学には、要件事実論に相当するような、意義付与の前提となる判断基準を事実レベルに分解する理論や、心証を形成して事実を認定する事実認定論に相当する理論はまともには言語化・理論化はされておらず、各研究者の感覚によって無自覚に実践されているだけのようである

(ウ)実例分析

 例えば、小島道裕は「「現存史料によって分かる歴史」ではなく、歴史の総体に対する総体としての史料を考えるなら、現存しない、「不在」の史料の部分まで視野に入れなければならないのではない」という考えに基づき、「史料が「不在」である」理由を「①作られなかったから存在しない ②作られたが現在は存在しない a 自然消失 b 意図的な消失」に大きく2つに分類し、「「作られたが現在は存在しない史料」とは、既に存在しないが、何らかの情報、すなわち、かつてそれが存在したことを示す記録や記憶や痕跡は残っている、というもの」と定義したが、その直後に「存在したことが分かっているが消失した史料」という分類を持ち出し、それを「不在史料」と定義したにもかかわらず、「②の「作られたが現在は存在しない史料」とは、既に存在しないが、何らかの情報、すなわち、かつてそれが存在したことを示す記録や記憶や痕跡は残っている、というもの」と再定義した上で、「「不在」の部分を視野に入れると、世界の見え方が変わってくるし、現存するものも別の意味を持って見えてきます。これは、それについての歴史を認識した結果です。だから、何かが「不在」であることは、それ自体を史料と見なせる」と結論した

 しかし、不在史料の概念については、証拠が有体物である以上、少なくとも現在存在しないもの自体は、証拠たりえない。

 小島道裕が「史料」の一語だけでなんとか説明しているのに対し、法学の証明論では、複数の専門用語を用いてこの推認構造を明瞭に説明することができる。すなわち、当該不在史料が存在したことを示す史料は「間接証拠」であり、そのような間接証拠から当該不在史料が存在したという「間接事実」を認定し、当該間接事実に基づいて「要証事実」(当該〇〇)を認定するということになる。そうすると、この推認構造は法学の証明論によって完全に説明できるにもかかわらず、史料学を理論化しようとした小島道裕はこの推認構造を精緻には言語化できておらず、少なくとも明確な概念としては「要証事実」ないしそれに相当する概念を持たないまま、感覚的にその存在を想定しているに過ぎないものと解される。そのため、史料学においては、感覚的にわかるだろうという程度の説明に止まらざるをえないものと考えられる

(エ)小括

 したがって、伝統的系譜学・歴史学・史料学は、法学の証明論に比べると推認構造に関する理論が著しく未発達であり、精緻化を懈怠したものといわざるをえない。

ク 伝統的系譜学等における未発達な推認構造の許否

(ア)問題の所在

 系図系譜研究ないし歴史学・史料学のような大昔の事象を主に扱う学問分野では、証人は全員死亡しており、文書や物品の残存状況が厳しいから、法学の証明論のように証拠に関する理論を精緻化すると、何も研究できなくなるのではないかという反論があるかもしれない。

 そこで、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学が事実上採用している推認構造を許容できるか、むしろ学問分野の特性として法学の証明論よりも適しているかが問題となる。

(イ)法学の証明論の推認構造の普遍性・汎用性

 まず、法学の証明論の普遍性・汎用性が問題となるところ、何を証明しようとしているのか(要証事実・立証趣旨)、何が直接証拠となり、何が間接証拠として使えて、仮説の事実の認定に有利に働く・不利に働くか(積極証拠・消極証拠)などの法学の証明論は、証拠の残存状況とは関係のない機能的な概念の分類と推認構造の基本を論じるものであって、立証可能性とは無関係であり、それ自体は汎用的である。その上で、学問分野ないし実務の特性に応じてカスタマイズすれば足りる

 そもそも訴訟であっても別に一挙手一投足を証明できるほどに証拠がなければならないものではなく、証拠が自白と被害客体しかないということもしばしばあるし、そういった証拠の残存状況と立証可能性の問題は推認構造自体とは別の外部事情に過ぎず、証拠の残存状況が厳しいからといって証拠に関する理論を精緻化させない理由はない。

(ウ)法学参照の伝統的回避と弊害
(i)問題の所在

 多くの歴史学者は頻繁に歴史学研究を裁判に例えているのであるから、少しでも知的好奇心があれば、「では、法学や裁判における証拠関係の考え方はどうなっているのだろう?」という疑問が生じて調べそうなものであるが、誰もそうしなかったようである

 しかし、法学の証明論が普遍性・汎用性を有し、かつ伝統的系譜学等においてそれに相当する理論が未発達であるところ、伝統的系譜学ないしそれが手本とする歴史学は法学の証明論を参照すべきではなかったか、弊害はなかったかが問題となる。

(ii)言語論的転回

 伝統的系譜学が強く依存する歴史学では、1970年代頃に言語論的転回という問題提起が行われ、学界全体に衝撃が走ったようである

 言語論的転回とは、文献作成者の知覚・叙述自体が主観的解釈に基づくものであり、客観的事実そのものではないという人の認識についての指摘である。例えば、「小走り」なのか「早歩き」なのか微妙な行為について、どちらの表現で記録するかは、文献作成者の解釈次第というものである。

(iii)伝聞法則の趣旨との共通性と言語論的転回の後れ

 伝聞法則は、オ(ウ)で述べたとおり、文書には知覚・記憶・叙述の各過程において誤りが混入する高度の蓋然性があることから、記載内容を鵜呑みにせず、同一の書証であっても立証趣旨に応じて取り扱いを変えるというものであって、この「文書には知覚・記憶・叙述の各過程において誤りが混入する高度の蓋然性がある」という観点は、言語論的転回の「文献作成者の知覚・叙述自体が主観的解釈に基づくものであり、客観的事実そのものではない」という指摘に通じるといえる。

 伝聞法則は17世紀後半から18世紀にかけて英米で形成され、さらにWigmoreが1904年~1905年に伝聞法則を含む英米証拠法全体を体系的に集大成し、1948年に日本の刑事訴訟法(昭和23年法律131号)が伝聞法則を採用した。

 そうすると、もし歴史学者や法制史学者が法学を頻繁に参照し、刑訴法学の伝聞法則の趣旨を参考にしていれば、歴史学における言語論的転回が1980年代以降に後れることはなかったと考えられる

 歴史学における言語論的転回は法学・訴訟実務から触発されたわけではなく、それ以降も、歴史学者は誰一人として法学を参照しようとしなかった点で、法学参照の伝統的回避の黙示の慣行があるものと推測される。

(iv)多義的・文脈依存的な先行研究を典拠とする危険性

 言語論的転回があっても、歴史学等において伝聞法則の趣旨や立証趣旨に相当する概念が採り入れられたわけではなく、単に史料の記載内容は実態とは違うかもしれないから注意しようという注意喚起程度にしかなっていないようである。

 そのような状況下で、先行研究における用語の定義が多義的・文脈依存的である場合は、事実に対する文献作成者の解釈を、論文執筆者がさらに解釈し、それをさらに論文の読者が多義的・文脈依存的に解釈するという3段階の解釈構造となるため、事実認定の基礎が著しく不安定なものとなり、砂上の楼閣になりかねない。

(エ)理論的発展の見込みなし

 推認構造については、法学においては頻繁に推認構造に関する研究が発表されているのに対し、歴史学においては、1940年代頃までにキで述べたような解説がなされて以降、相当の期間が経過しても、それ以上に詳しい、近年までの研究成果を反映させより精緻化させたような方法論書は出ていない。

 そうすると、歴史学においては、今後もアップデートされた方法論書が出版される見込みはほとんどないといえる。

(オ)小括

 以上のとおり、法学の証明論の推認構造が普遍的・汎用的であって精緻化もされているのに対し、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学においては、100年以上素朴なまま発達しておらず、独自に発展させるなり法学を参照するなりすればもっと早く認識できたはずの言語論的転回の問題がかなり後れたといえる。そして、推認構造が未発達なまま、各研究者が既存の論文を読み込むうちに感得した用語の意味・用法に基づいて感覚的に立証活動や事実認定を行うことは、論証の精度と審査可能性の双方を著しく損なうことになる。

 したがって、系図系譜学としては、このような推認構造を頑なに発達させない常況にある学界の方法論を許容できず、むしろ学問分野の特性として法学の証明論よりも適しているというべきである。

ケ 学問目的との対応関係

(ア)問題の所在

 以上述べてきたとおり、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学が事実上採用している推認構造は極めて未発達であり、系図系譜学の学問目的を実現するにはその質が到底足りないといわざるをえないが、それでも伝統的系譜学が長年採用してきた以上、一定の合理性があるという見解もありうるところである。

 伝統的系譜学が依拠しているのは歴史学の方法論であるところ、歴史学の方法論は本来的には歴史学の学問目的に適したものであるはずである。そうすると、歴史学の学問目的と系図系譜学の学問目的が相当程度に重なり合うのでなければ、歴史学の方法論は系図系譜学には適合しないというべきである。

 そこで、系図系譜学の学問目的と歴史学のそれとの対応関係の程度が問題となる。

(イ)歴史学の学問目的

 歴史学者の自認する歴史学の学問目的は、①歴史的個体への知的興味を満足させること、②過去に照らして現在の社会や文化を反省すること、③歴史の発展の筋道を考えることことの3つである

 学問目的とは、他の学問分野との識別に不可欠な程度の固有の要素を有し、その学問分野が主体的かつ能動的に実現すべき事柄を規定し、もって研究活動の範囲を画定するものであって、外部効果、第三者に対する願望若しくは期待、第三者にとっての用途、単なる研究者自身の自己満足、下位分野の目的又は個別具体的な研究の目的でないものと解される(目的論参照)。

 すなわち、学問目的は、その学問に属する研究者自身が能動的にすることのできるものでなければならないところ、②の「反省する」及び③の「考える」がいずれも歴史学者各人の主観的行為であることは明らかである。また、①については、遅塚忠躬が「これは、端的に言えば、歴史が好きだから、過去のことがらに興味があるから、その知識欲を満たすことを目的として歴史を学ぶのだ、ということである」と解説していることから、知的興味の主体は歴史学研究者自身であると解される。さらに、③については、一般的な学問が「考える」という行為を手段として「考えた結果」を研究成果として発表するのに対し、「考える」という行為自体を目的とするというのだから、目的と手段を混同したものといわざるをえない。そうすると、いずれの学問目的も実質的には歴史学者各人の個人的な自己満足の類型に過ぎず、学問目的の要件を満たしていないということになる。

 そこで、歴史学の学術的営為の実態に着目すると、歴史学が過去の事実を発見・解明・確定する学問であるならば、その論文の末尾において意義付与を求める必要は全くないはずであるにもかかわらず、「この事件は、画期/転換点となった」「これは当時の社会において○○と位置づけられる」などというように、歴史学論文では通常、論者がピックアップした事実群に対し意義を付与することが必要とされる。むしろ、単に過去の事実を羅列しただけのものは、歴史学研究ではないとされる

 そうすると、歴史学の学問目的は、過去の事実を発見・解明・確定することではなく、実質的には、過去の事象の一部に対して意義を付与することであると解するのが相当である。なお、学問対象である過去の事象の範囲については、学問定位論において詳述する。

(ウ)事実認定の要請の程度

 歴史学の学問目的が、歴史学者の自認としては自己満足であり、実質的には過去の事象の一部に対する意義付与であって、過去の事象の認定自体ではないとすると、一般に、手段よりも目的の方が重要であるのが通常であるから、歴史学においては、事実の確定自体よりも、いかに説得的に自己の発見した意義を論述できるか、さらに研究者が個人的に満足できるかが重要であるというべきである

 歴史学に過去の事実を確定しようとする積極的な意識ないし強い要請があるのであれば、古今東西世界中の歴史学者・史料学者において、機能的分類や基本的推認構造などの理論がほとんど欠けたまま放置する理由も、法学の知見を全く参照しようとしない理由もないのだから、基本的にはそのような意識・要請は強くないといえる。「史料」を「証拠」ではなく「素材」と定義する歴史学者が相当する存在することは、その間接事実というべきである。

 この点について、歴史学者・史料学者が「証拠」の語が既に存在することを認識ながら、あえて「証拠」の語を採用せず、「史料」という語を採用した理由を考えると、本来的には「史料」は「歴史学における証拠」ではなく「歴史学研究のための材料・素材」なのであって、自己満足・意義付与のためには「証拠」までは不要であり、意義を感得するための材料・素材があれば足りると判断したものと仮定すれば、辻褄が合う。

 もちろん、自己満足・意義付与の前提となるべき事実をしっかりと確定し、それに基づくことが自己満足を最大化し、意義付与の説得力を最大限に増強させることになるから、一部の歴史学者・史料学者において「やはり証拠に基づいて事実を確定すべきではないか」というような問題意識が多少強まり、「史料」を「証拠」と定義しする者も現れたと解するのが自然である。そうでなければ、古今東西世界中の歴史学者・史料学者において、証拠としての機能的分類や推認構造などを理論化し発達させなかったことの説明がつかないこともまた間接事実といえる。

 他方で、訴訟実務においては、確かに判決すなわち法的評価をすることが目的であり、事実を確定することは手段の構造にあるけれども、事実認定自体も厳格に行うことが法的に強く要請されている。

 この点につき、遅塚忠躬が「歴史学の客観性を担保するものは、事実立脚性と論理整合性とを基準とする反証可能性のみである」と述べていることから、自己満足が歴史学の学問目的であったとしても事実認定の要請が強いのではないかという反論もあるかもしれないが、遅塚忠躬のいう「事実」は、「反証可能性」による暫定的事実をいうに過ぎず、少なくとも明示的には事実認定の過程の開示を要求してはいない。これに対し、系図系譜学における事実は、その最高規範に基づき、事実認定の検討過程が開示され、第三者がその過程の当否を事後的に審査できることを要する、手続的正義による学術的真実であって、両者は本質的にも手続的にも別物であり、系図系譜学の事実認定の要請の方が強いといえる。

 そうすると、歴史学においては、興味や反省の素材ないし意義を付与するための着想・思索の端緒として「史料」が機能すれば足りることから、事実の認定についての意識ないし要請は、訴訟実務ほどには強くないものと解すべきである。

 そして、系図系譜学の学問目的における事実認定の要請は極めて高度であることから、歴史学のそれとは事実認定の重要性が看過できない程度に異なるというべきであり、学問の発展が阻害されるといわざるをえない。

(エ)小括

 したがって、系図系譜学の学問目的と歴史学のそれとの対応関係は認められない。

コ 小括

 よって、伝統的系譜学ないしそれが依拠する歴史学・史料学における推認構造は、ウないしクで述べたとおり、伝統的系譜学等の推認構造に関する方法は100年以上著しく未発達なまま放置されており、事実認定の重要性が看過できない程度に異なり、伝統的系譜学等の推認構造は完全に不十分であるから、実質的関連性は認められない。

(5)論証構造の未発達

ア 問題の所在

 学術研究である以上、論証構造が存在するはずであるところ、伝統的系譜学ないし歴史学・史料学における論証構造がどのようなものであり、理論性、審査可能性要件及び実質的関連性要件を満たすかが問題となる。

イ 審査可能性・理論性

 伝統的系譜学ないし歴史学・史料学における論証構造についての方法論書は存在しないから、理論性及び審査可能性は認められない。

ウ 実質的関連性

 伝統的系譜学等における論証構造についての方法論書はなくとも、一応の傾向が認められることから、抽象化・一般化した上で採否を決することとする。

(ア)基本的な論証構造についての無自覚

 執筆方法にも通じるところがあるが、伝統的系譜学とそれが手本とする歴史学の論文では、「~について考察したい」などという大雑把なテーマ宣言から始まり、研究日誌のように、研究中のエピソードなどの余事記載を交えつつ、論理ステップとは無関係なセクション分け・段落分けをして、出典を明示しないまま事実を認定又は羅列し、事実と結論との間の論理をよく明示しないまま、結論又は「結びに代えて」に至るものであって、一体、どのような命題を立証しようとして、どのような論理でどのような事実をどの証拠で立証しているのかの大半が不明であり、論理構成が極めて不明瞭であるし、複数の可能性を場合分けによって論じず、先行研究への反論や自説への想定反論、それらへの再反論とそれらの立証も一般的に存在しない。そのため、伝統的系譜学等は、実証主義に固執しすぎて、証拠からどのような事実が読み取れるかしか考えてこなかったと解される。

 しかし、論文は論理的に書く必要があり、どのように読み取れたかを羅列すること(発見の流れ)は、論文ではなく研究メモ・研究日誌に過ぎない。読み取って形成された心証を論理的な体系の下に記載すること(正当化の論理)が必要である。 

 伝統的系譜学・歴史学の論文であっても、必ず事実と結論とを繋ぐ判断基準が論者の思考過程に存在するのだから、結論に相当する問題提起を立ててそれを立証命題とし、結論を導出した判断過程から判断基準を抽出して、立証命題を要素分解して要件事実と見立てれば、あとは判決文と同様の高度な論証構造に転換できるはずであるのに、そうしないのは伝統的系譜学・歴史学論文の在り方が未熟だからだと考えられる。要件事実論は、確かに判例や大勢の法学者が全員に共通する判断基準(条文)について要素分解して要件を導出したものであるから、通常はそれを参照すれば足りる分楽であるのに対し、歴史学者はそういう外在的な判断基準がなくて自力で判断基準を立てて自力でそれを要素分解しなければならない分大変ではある。しかし、それは要件が一応定まった後のことであり、条文の起草者は自力で判断基準としての条文を作るのであり、それを要件に分解する作業も学者か裁判官のうちの誰かが最初にするのであり、さらに異論がある者は自力で別案を考え出さなければならないのであるから、伝統的系譜学・歴史学者が自力でするべき判断基準の定立作業と同質である。

 したがって、基本的な論証構造について、未だ発達していないというべきである。

(イ)立証不要事実概念(公知の事実)の欠如

 公知の事実とは、法学における顕著な事実(民訴法179条)の一種であって、通常の知識経験を有する一般人に共通に認識されている事実、すなわち不特定かつ多数の人々が信じて疑わない程度に一般的に知られているために何人にとっても明白である事実をいい、立証を要せず認定することができる。すなわち、一般的に常識とされている事実であれば、立証ないし根拠提示を要しないとする論証構造上のルールである。

 しかし、伝統的系譜学等には、そのようなルールは明示的には存在しないにもかかわらず、執筆者が「これは学界の常識に属する、定説である」と思料した事柄については出典を記載しない。

 したがって、論証構造上の正当な理由がないのに根拠を明示せずに事実を認定していることになる。

エ 小括

 以上のとおり、方法論書も存在せず、基本的な論証構造について未発達であり、論証構造上の正当な理由がないのに根拠を明示せずに事実を認定していることから、伝統的系譜学等の論証構造には、理論性、審査可能性要件及び実質的関連性を認められない。

(6)執筆方法の未発達

 執筆方法については、伝統的系譜学の論者間にそれなりに強い共通性、特徴ないし傾向が認められることから、抽象化・一般化した上で採否を決することとするものの、論述上の都合から、執筆技術論において詳論する。

(7)研究資料の収集・分析の未発達・不適合

ア 問題の所在

 伝統的系譜学ないし歴史学・史料学における研究資料の収集・分析がどのようなものであり、理論性、審査可能性要件及び実質的関連性要件を満たすかが問題となる。

イ 審査可能性

 伝統的系譜学においては、資料収集方法については先祖調査ノウハウ本とBoard for Certification of Genealogistsなどによる資料分析・証拠評価についての書籍があるが、いずれも実務書がある。

 伝統的系譜学者が依拠する歴史学における資料収集方法論については、素人向けの体験談はいくつか出版されているし、余事記載ではあるものの研究エピソードにおいて研究資料の入手経緯が多くの論文に記載されている程度であり、体系的な知見を提供するものではない。

 また、歴史学における信用性評価方法論である史料批判については、1940年代までのものがいくつか出版されている。また、研究資料の整理の方法については、有用なものが出版されている。ただし、論者によって同一概念を指す用語が異なっていることが多いために一つの方法論として把握するには困難がある。

 研究資料のうち先行研究の審査方法なども必要であるが、(3)で指摘したとおり、これは存在しない。

 したがって、伝統的系譜学における研究資料の収集・分析については、実務書があるに過ぎず、方法論書がないため、審査可能性は認められない。他方、歴史学・史料学における研究資料の収集・分析については、方法論書が存在するため、一応の審査可能性は認められる。

ウ 実質的関連性・理論性

(ア)伝統的系譜学の資料収集方法・資料分析

 伝統的系譜学の資料収集方法については、多数の先祖調査ノウハウ本があり、確かに参考に資しうるものの、基本的には趣味人向けであるし、資料分析方法については、系図譜間又は系図譜-書証間の比較対照により異同を分析したり、世代数や年数等に不自然な点がないかを洗い出したりする研究方法が広く実践されており、確かに参考に資しうるものの、かかる研究方法については未だ理論化されていない。いずれについても、これから既存研究を集積し抽象化・一般化し詳細化・精緻化するとすれば、それは新たな方法論を構築するのと大差ない程度の研究を要する。

 証拠評価方法については、(3)に挙げたような海外の書籍があり、Board for Certification of Genealogists, “Genealogy Standards, 2nd Edition Revised“,Turner Publishing, (2021)などは確かに参考に資しうるものの、あくまで先祖調査実務の実務書に過ぎず、法学ほどの網羅性もない上、理論的説明を欠くから、方法論化するには、新たな方法論を構築するのと大差ない程度の研究を要する。

 また、先行論文を分析するための方法論も存在しない。なお、歴史学においては、松沢裕作『歴史学はこう考える』筑摩書房(2024年)は、歴史学論文の分析手法を解説したものであるが、歴史学・政治史・経済史・社会史の各論文例などの長大な実例解説でほとんどが占められており、抽象化・一般化の程度が低く、先行論文についての審査の方法論として審査可能性原則に適合するとはいえない。

 そのため、いずれも強い関連性は認められるものの、理論性が低く、実質的関連性を認めるには足らず、合理的関連性が認められるにとどまる。

(イ)史料批判の未発達と不適合
(i)不十分さ

 史料批判とは、「どのような立場の人物が、いつ、どのような目的で、誰に向けて作成したものか判断し、史料がどれほど信用できるものであるのか検証する」作業をいい、外的批判(文書の成立の真正性・来歴・本原性の吟味)と内的批判(内容の真実性・正確性・可信性の吟味)から成る。そのうち系図譜についての史料批判の方法としては、歴史学者である小和田哲男が過去帳や古文書などとの比較対照法を紹介しているが、概説に過ぎない

 これを法学・訴訟実務と比較すると、法学においては証拠能力の要件・証明力の評価基準・証明度の度合いがそれぞれ明文化ないし判例法理として明らかにされ、それについての研究もかなり多く蓄積されている。

 証拠能力の要件としては、自然的関連性や伝聞法則などがある。

 証明度は、裁判所がどの程度の心証を形成すれば証明の対象となる事実が存在するものと扱ってよいかに関する程度をいい、民事訴訟であれば、「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」とされ、感覚的には8割程度確かだろうという心証が形成されることをいう。また、刑事裁判であれば、「通常人なら誰でも疑を差挾まない程度に眞實らしいとの確信」が得られ、「反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断される」程度とされ、民事訴訟よりもはるかに高度の証明度が要求される。いずれにせよ、それらよりも証明度が低い場合は真偽不明(Non Licet)と判定することになっている。

 評価基準や証明度は、その性質上、客観的・絶対的な閾値を設定するものではなく、目安ないし感覚的な部分を含むものであって、判定者をどれだけの説得するものであるかというものであるから、主観的な面を排斥できないものの、それでもなお全く明示的な目安ないし指標があるのと、なくて論者間で事実認定基準に雲泥の差があるという状態とでは全く様相が異なってくることは明らかである。これに対し、坪井九馬三『史学研究法』京文社(1930年)298-312頁は、内部批判について、「どのくらゐ實際にありうべきことであらうかといふことの判定」をするものとして「可然程度」という概念を提示し、「確實」「中確實」「未詳」「不審」「不確實」の5段階で史料の証明力を評価することを提唱したが、継承されていないようである。

 以上を比較すると、外的批判は訴訟実務における文書の成立の真正・同一性の確認手続に、内的批判は証拠の信用性評価にそれぞれ対応しているに過ぎず、法学の証明論全体に相当するものではなく、訴訟実務における「証拠調べ」の一部に対応する不十分なものというべきである。

 特に「一次史料」・「二次史料」の区分についても、伝聞法則が「知覚・記憶・叙述の各過程において誤りが混入する蓋然性」という機能的理由を根拠とするのに比べると、「そのとき・その場で・その人が書いたものなら信用性が高い」という印象論に基づいて形式的要件を定めたものであるから、法学の証明論に比べて大雑把かつ中途半端と評せざるをえない

(ii)長期にわたる理論的発展の欠如

 史料批判の研究の進展状況については、1940年代頃までに今井登志喜が従前の史料批判論について、当否を検討しながら着眼点等を列挙して概説している程度であり、それ以降相当の期間が経過しても、それ以上に詳しい、近年までの研究成果を反映させより精緻化させたような方法論書は出ていない。

 石井進が「個々の日本史研究においてはもちろん、広汎な史料の蒐集と整理、綿密で徹底的な史料批判、みごとな史料操作などの数々が現われてその学問的高さを示してはいるが、これらを要約し、多かれ少なかれ一般化してゆく試みは乏しかった」と述べていることから、個別研究の実践ばかりが蓄積されるだけで、普遍的な証拠に関する理論としてはほとんど抽象化・理論化されてこなかったものと解される。

 近年になって小島道裕『「史料学」講義』吉川弘文館(2024年)が初のまともな史料学の体系書として出版されたが、入門書レベルである。

 そうすると、今後もアップデートされた方法論書が出版される見込みはほとんどないといえる。

(iii)系図譜の位置づけ

 歴史学では、系図譜の信用性評価は類型的に低いとみなされてきたものであるから(系図譜に関する特則参照)、そもそも歴史学の方法論は系図系譜研究とは完全に相容れず、実質的関連性は認められない。

 なお、伝統的系譜学は、その矛盾を克服した方法論を構築しないまま、相容れない歴史学の方法論を借用してきたというべきである

(iv)小括

 したがって、史料批判については、証拠評価方法の一種として、来歴など着眼点のリストとしては確かに参考に資しうるところはあるものの、少なくとも1940年代から書籍上は進歩がなく、方法論としてそのまま採用しうるほどの質には足らず、そもそも系図系譜研究と相容れないため、実質的関連性を認めることができない。

(ウ)研究資料の整理の方法

 研究資料の整理の方法については、根岸茂夫「史料整理の技法」佐藤孝之編『古文書の語る地方史』吉川弘文館(2010年)194頁以下に限り、参考に資しうるため、一応の実質的関連性は認められるものの、カスタマイズする必要はあると考えられる。

(8)帰納分析及び理論分析の欠如ないし不備

 伝統的系譜学における帰納分析及び理論分析がどのようなものであり、審査可能性要件及び実質的関連性要件を満たすかが問題となる。

 伝統的系譜学における帰納分析の方法論については、様式論が類型を提示しているものの、分析結果のみの提示であって、どのようにその結果に至ったのかはほとんど欠かれていないし、それ以外の傾向に関する主張としては、「系図譜には虚偽が多い」などの言い伝え的な受け売り又は自己の実見した範囲内での印象論にすぎず、それらについての方法論書が存在しないから審査可能性は認められない。

 理論分析については伝統的系譜学においてはほとんど行われておらず、方法論書が存在しないから審査可能性は認められない。

4 中間決定

 よって、基本的に伝統的系譜学等の方法論については、先祖調査ノウハウ本や資料分析方法、研究資料整理方法などが新たな方法論の構築の際に参考になりうるにとどまり、系図系譜学は新たに方法論を構築する必要がある。しかし、議論の都合上、序論のセクション内ですべてを構築することは現実的でないから、ここでは上記のとおり中間決定をするにとどめ、次節以降の各方法論において詳論するものとする。