日本の戸籍制度の沿革|庚午年籍から壬申戸籍・現行戸籍まで

日本の戸籍は、670年の庚午年籍から現在の戸籍まで、1350年以上にわたって形を変えながら続いてきました。ただし連続していたわけではありません。平安時代に律令制が衰えると、古代の戸籍は作られなくなり、その後は約870年間、全国一律の戸籍がありませんでした。次に全国の戸籍が作られたのは、1872年(明治5年)の壬申戸籍です。先祖調査で使う戸籍は、このうち明治以降の五つの様式(壬申戸籍、明治19年式、明治31年式、大正4年式、昭和23年式)に分かれます。このページでは、戸籍の沿革を時代順にまとめ、先祖調査での使いどころを説明します。

沿革の全体像

時期 制度 特徴
670年(天智天皇9年) 庚午年籍 日本で最初の全国的な戸籍とされる。永久保存とされた。
690年(持統天皇4年) 庚寅年籍 飛鳥浄御原令の戸令に基づく戸籍。
8世紀〜11世紀初頭 律令の戸籍 6年ごとに作成し、口分田を班給する基礎となった。現存する最も新しい古代の籍帳は、1004年(寛弘元年)の讃岐国のもの。
11世紀〜16世紀 戸籍なし 全国一律の戸籍はない。
17世紀〜1871年 宗門人別改帳 1671年(寛文11年)に、幕府が諸藩に作成を義務づけた。事実上の人口台帳。
1872年(明治5年) 壬申戸籍 日本で初めて、身分を問わず全国の住民を同じ制度で登録。本籍は住所地。
1886年(明治19年) 明治19年式戸籍 統一書式の戸籍。本籍の表示が屋敷番から地番になり、除籍の制度ができた。
1898年(明治31年) 明治31年式戸籍 家を単位とする戸籍。戸籍簿とは別に身分登記簿を設けた。
1915年(大正4年) 大正4年式戸籍 身分登記簿を廃止し、戸籍簿に一本化。
1948年(昭和23年) 昭和23年式戸籍 戸主を廃止し、夫婦を単位とする現行制度の出発点。
1994年(平成6年)以降 電算化戸籍 紙の戸籍をコンピュータ上の記録に移行。
2024年(令和6年) 広域交付 本籍地以外の窓口でも戸籍証明書を請求できるようになる。

古代の戸籍(7世紀〜11世紀初頭)

庚午年籍と庚寅年籍

最初の全国的な戸籍は、天智天皇9年(670年)の庚午年籍です。通常の戸籍は6年ごとに作り直し、30年を経過すると廃棄する決まりでしたが、庚午年籍は永久に保存するものとされました。703年(大宝3年)には、庚午年籍を戸籍の原簿とし、改変を禁じています。原本は現存していません(Wikipedia)。

持統天皇4年(690年)には、庚寅年籍が作られました。庚寅年籍は、689年に完成した飛鳥浄御原令の戸令に基づくものです。692年には、庚寅年籍に基づく口分田の班給が畿内で始まりました(Wikipedia)。

現存する古代の戸籍

現存する最古の戸籍は、正倉院文書に伝わる702年(大宝2年)のもので、御野国(美濃国)、筑前国、豊前国、豊後国の戸籍が残っています。このころから、6年ごとに戸籍を作る方式(六年一造)が定着しました(Wikipedia)。

戸籍の保存期間は30年とされていましたが、紙が貴重だったため、廃棄された戸籍の裏面は、別の文書の用紙として再利用されました。そのために、古代の戸籍の一部が、紙の裏に書かれた文書(紙背文書)として現在まで伝わっています(Wikipedia)。

制度の衰退

平安時代に入ると、律令制は衰え、すべての人民を把握する体制が維持できなくなりました。908年(延喜8年)の周防国玖珂郡の戸籍の一部が現存しますが、国司が負担を軽くするために実態を反映させなかった「偽籍」と考えられています。現存する古代の籍帳のうち最も新しいものは、1004年(寛弘元年)の讃岐国大内郡入野郷のものです(Wikipedia)。

中世(11世紀〜16世紀)

中世には、全国一律の戸籍はありません。この時代の先祖調査は、戸籍の代わりに、系図、家譜、寺社の過去帳など、家ごと、寺社ごとに伝わる文書を組み合わせる形になります。

近世(16世紀末〜1871年)

宗門改と宗門人別改帳

江戸幕府は、キリスト教の禁制のために宗門改を行いました。寛文5年(1665年)には、幕府が諸藩にも宗門改帳の作成を命じました。一方、兵農分離の後には、領主が夫役の負担者を把握するための人別改が行われており、人別帳に宗旨を記す形で、宗門人別改帳が作られるようになります。寛文11年(1671年)には、幕府がこれを法的に整備し、定期的な調査を義務づけました(Wikipedia)。

宗門人別改帳には、家族単位で氏名と年齢が記載され、檀徒として属する寺院名も記載されました。作成は町村ごとに名主・庄屋・町年寄が毎年行うこととされましたが、のちに数年置きになった地域もあります。毎年の帳面が残っている村では、家族の構成の変化を、年ごとに確認できます(Wikipedia)。

ただし、萩藩のように、独自の戸籍制度を早くから持っていた藩では、宗門人別改帳がほとんど残っていないとされています。近世の記録は、藩ごと、地域ごとに残り方が異なり、全国共通の様式ではありません。

壬申戸籍(1872年)

戸籍法の制定

戸籍法は、明治4年4月4日(1871年5月22日)に太政官布告第170号として公布され、明治5年(1872年)2月1日に施行されました。この年の干支が壬申であるため、この戸籍を壬申戸籍と呼びます。これは身分を問わず、全国の住民を同じ制度で登録した、日本で最初の戸籍です(Wikipedia)。

記載内容の特徴

編製の単位は「戸」で、本籍は住所地でした。身分とともに住所を登録したため、住民票の役割も担っていました。族称は、皇族、華族、士族、卒族、平民などに分けられ、華族・士族は禄高、平民は農工商などの職業が記載されました。寺と氏神の記載は、1885年(明治18年)に廃止されるまで続きました(Wikipedia)。

壬申戸籍には、犯罪歴や身分の記載があり、地域によっては、賤称も記載されました。これが差別につながったため、1968年(昭和43年)3月29日の民事局長通達により、壬申戸籍の閲覧は禁止されました。現在は一般には閲覧できません。先祖調査の際は、壬申戸籍に直接たどり着けない前提で、次の明治19年式以降の戸籍から調べを始めます(Wikipedia)。

氏の制度の整備

壬申戸籍の時期には、氏に関する制度も変わりました。1870年(明治3年)に平民苗字許容令が出され、1875年(明治8年)2月13日には、平民苗字必称義務令によって、すべての国民が苗字を名乗ることになりました。翌年(1876年)には、妻は実家の氏を用いるものとされました。夫婦が同じ氏を名乗る制度は、1898年(明治31年)の旧民法で整えられました(Wikipedia)。

明治19年式戸籍(1886年)

1886年(明治19年)10月16日に、「戸籍取扱手続」(内務省令第22号)と「戸籍登記書式」(内務省訓令第20号)が定められ、統一された書式の戸籍が作られました。壬申戸籍は、同年11月から徐々に、この新しい書式の戸籍に改められました(Wikipedia)。

明治19年式戸籍では、本籍の表示が屋敷番から地番に変わり、除籍の制度が設けられました。現在、取得できる最も古い戸籍は、多くの場合、この明治19年式戸籍です。この戸籍から、江戸時代末期に生まれた人の名前や続柄を確認できます。なお、明治19年式戸籍は、1898年(明治31年)の戸籍法で、改製原戸籍として扱われることになりました(Wikipedia)。

明治31年式戸籍(1898年)

1898年(明治31年)6月15日に戸籍法(法律第12号)が公布され、同年7月16日に施行されました。この戸籍法で、家を基本単位とする制度になり、戸籍簿とは別に、身分登記簿が設けられました。戸籍の取扱いは、「戸籍法取扱手続」(同年7月13日司法省訓令第5号)が定めました(Wikipedia)。

大正4年式戸籍(1915年)

1914年(大正3年)3月30日に戸籍法の改正法(法律第26号)が公布され、1915年(大正4年)1月1日に施行されました。この改正では、手続が複雑だった身分登記簿が廃止され、戸籍簿に一本化されました。戸籍の取扱いは、「戸籍法施行細則」(大正3年10月3日司法省令第7号)が定めました(Wikipedia)。

内地と外地

戦前は、地域によって戸籍制度の内容が異なっていました。1918年(大正7年)4月17日に公布された共通法(法律第39号)は、異なる地域に属する人どうしが婚姻や養子縁組をした場合の、戸籍の処理を定めました。朝鮮、台湾などに関わる戸籍は、本籍地の市区町村だけでなく、関連する機関への確認が必要になることがあります(Wikipedia)。

昭和23年式戸籍(1948年)

戦後の日本国憲法の下、1947年(昭和22年)に民法が改正されて家制度が廃止され、戸籍法も全面的に改正されました(同年12月22日法律第224号)。新しい戸籍法は、1948年(昭和23年)1月1日に施行されました。戸籍の取扱いは、「戸籍法施行規則」(同年12月29日司法省令第94号)が定めました(Wikipedia)。

この戸籍は、戸主を廃止し、夫婦を単位に編製されます。戸籍の最初に載る人は「筆頭者」と呼ばれ、族称(華族、士族、平民など)の記載も廃止されました。昭和23年1月1日以降の戸籍には、一組の夫婦と、その夫婦と氏を同じくする子どもしか記載できません。このため、親の戸籍にいた子が結婚すると、新しい戸籍が作られます(Wikipedia)。

改製

旧法の戸籍を新しい様式に書き換える作業(改製)は、戦後の混乱のため、実際には1957年から1965年ごろに行われました。最も大きな改製は、1957年(昭和32年)の法務省令(第27号)によるもので、改製前の戸籍は「昭和改製原戸籍」と呼ばれます。現在の戸籍には、改製前に除籍された人や、一部の身分事項が転記されていないことがあるため、改製原戸籍を順にさかのぼって確認する必要があります(Wikipedia)。

電算化とその後(1994年〜)

1994年(平成6年)の戸籍法改正で、戸籍事務のコンピュータ処理が可能になりました。平成6年法務省令第51号による改製が行われ、市区町村ごとに電算化が進みました。電算化により改製された、紙の戸籍も、改製原戸籍として扱われます(Wikipedia)。

除籍簿は、除籍後150年以上保存されます。この保存期間は、2010年(平成22年)の法務省令(第22号)で150年となりました。それ以前は80年でした(Wikipedia)。

広域交付と振り仮名

2024年(令和6年)3月1日、戸籍法の一部を改正する法律(令和元年法律第17号)が施行され、本籍地以外の市区町村の窓口でも、戸籍証明書を請求できるようになりました(広域交付)。請求できるのは、本人、配偶者、直系の尊属(父母・祖父母など)、直系の卑属(子・孫など)に限られます。市区町村の戸籍担当窓口に来て請求する必要があり、郵送や代理人による請求はできません(法務省)。

広域交付で請求できるのは、戸籍証明書と除籍証明書です。一部事項証明書と個人事項証明書は請求できません。コンピュータ化されていない一部の戸籍・除籍も対象外です。改製原戸籍などが対象になるかどうかは、請求先の窓口で確認してください(法務省)。

2025年(令和7年)5月26日には、戸籍法の一部を改正する法律(令和5年法律第48号)が施行され、戸籍に氏名の振り仮名が記載されることになりました。

先祖調査での使い方

様式 主な使いどころ 注意点
現在の戸籍 調査の出発点。本人から親・祖父母へとたどる。 一組の夫婦とその子しか載らない。先は除籍・改製原戸籍で調べる。
昭和23年式 1948年以降の戸籍の移動を確認する。 改製前の戸籍の内容は、改製原戸籍を取得して確認する。
大正4年式・明治31年式 戸主を中心とする家の構成を確認する。 明治31年式は身分登記簿が別にあり、大正4年式で戸籍簿に一本化された。
明治19年式 江戸時代末期に生まれた人まで届く。 多くの場合、取得できる最も古い戸籍。
壬申戸籍 ― 1968年に閲覧が禁止され、一般には閲覧できない。

戸籍には、書式の違いに加えて、地域ごと、時期ごとの記載の癖があります。戸籍の内容を鵜呑みにせず、他の資料と照らし合わせて確認してください(辞典・郷土資料・除籍簿も鵜呑みにできない)。

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